愛する猫へ -4ページ目

どこかに吐き出したくて書く。


私は猫が大好き。

その中でも自分の子は特別。


自分なりに大切にして来た。

フードは原材料を凄く気にしたし、

若い頃はおやつも体に悪いと思いあげなかった。


2025.12.23

その日は食欲がかなり落ちほぼ食べない。

すぐに病院につれてった。

血液検査の結果肝臓の数値が測定不能な程高くなっていた。


夏頃から食べムラは出てた。

色んなフードを試して、新しいフードをあげると食べる様になって。また食べなくなる。

歳を取って選り好みする様になったのかな。と思ってた。

今までのうちの子らしくない行動になんとなく胸騒ぎがして、頻繁に病院に行っていた。


2025年の2月頃の血液検査は15歳とは思えない程数値の良い結果が出ていた為、先生は血液検査をしなかった。

うちの子が病院が大嫌いだから。

嫌がる事は極力しない様に心掛けてくれていたのだと思う。


肝臓を保護する薬を出して貰って様子を見て行こうとなった。

そこから1週間うちの子はどんどん食べなくなった。

ひどい日はかつお節のふりかけひとつまみとか。


2026.1.2

ご飯も食べない、水も飲まない。

ぐったりして全然動かない。

唯一トイレにだけ立ち上がる。


お正月で病院はやってない。

でも、先生が年末。

何かあったら電話して留守電残してね。

折り返しかけるからって言ってくれて言葉に甘え電話して留守電にメッセージを入れた。


数時間待ったが連絡が無いので救急で見てくれる所を検索して大きな病院に行った。

凄く混んでいて、11時頃行ったけど15:30からしか見てあげれないと言われ。

とりあえず予約の様な感じにして一旦家に帰った。

病院嫌いで体調悪いうちの子に病院でキャリーで4時間近くも待てない。

帰宅途中にかかりつけから折り返しがあり、今から来て下さいと言って頂けたのでそのまま病院に向かった。

皮下輸液をして、その他なんか処置して貰って説明されたのに全然覚えてない。

けど、うちの子は少し楽になった様だった。


20261.5

輸液をして貰ってから少し状態が落ち着いていたのにこの日またぐったりしていた。

すぐ病院に行くと、『入院させると凄いストレスだかは出来れば自宅で療養と考えて居たけど、静脈点滴して一旦身体を回復させる?』と聞かれた。


うちの子が居ない家なんて考えた事も無かったから躊躇した。

でも、それでこの子の身体が楽になるならその方が良いと思いお願いした。

帰り道は人目を憚らず嗚咽、号泣しながら帰宅。

19時頃病院から連絡

『病状が悪化した訳では無いのだけれど、肝臓に腫瘍があるから静脈点滴でどうにかなる感じでは無いからお迎えに来て欲しい』とのこと。


迎えに行くと。

ヨダレを垂らしながら、具合が悪いのにシャーシャー怒り誰からかまわず牙を向けてくるうちの子が居た。


先生は。肝臓、脾臓、腎臓に影があり。

肝臓と腎臓は腫瘍があるのは確定だろうと。

多分転移していて手術出来る可能性もあるし、抗がん剤治療という方法もあるかもしれない。

でも、うちでは出来ないから大きな病院を紹介しようか?と言われた。

癌だとは思うけど、確定させるには麻酔をして病理検査に出さないとわからない。

うちの子の年齢と抗がん剤や手術をしてもどれだけ一緒に過ごせる時間が伸びるかわからない。


コレだけのストレスを感じてる子に手術は無理だと思い。家で看取ろうと不思議なくらいすぐに答えは出せた。


最後に『あとどれくらい一緒にいれる?』と聞いた。

先生は『うーん…1か月…』とゆっくり言った。

お礼を言い自宅に帰った。


あれだけ興奮して居たうちの子は家に帰るとすぐに落ち着いた。

やはり病院は無理だなと心底思った。


それからあらゆるサプリを買い漁った。

中でもコルディGというサプリは目に見えて効果を感じた。冬虫夏草という漢方から作ってるサプリだ。

あげ始めて3日目くらいから少し自分で食べてくれる様になった。

水も飲む様になった。

何より、薬を飲ませるのに四苦八苦している中コルディは嫌がらず舐めてくれる。


沢山調べた。プラセンタ、オメガ3、BCAA。

毎日投薬とサプリ、皮下輸液で最初は上手くあげれなかったがなんとか飲ませられる様にもなって来た。

強制給餌は最初頑張ってみたが、うちの子が嫌がる様子が尋常じゃないので。

薬すら本当はすごく嫌だろうから。

嫌な事は薬の時だけにしようと思いやめた。


毎日日記をつけた

輸液の量

おしっこのg

飲水量

あげたサプリ

排便の有無

その日の様子


今思うと、1月2日から4日が1番具合悪かった。

1月中頃は階段を降りて迎えに来てくれてたし、

2月中頃は成猫の必要カロリーの半分くらいは食べてくれてた。


3月頭から漢方も取り入れた。

牛黄という2週間分で2万円する高価な漢方も取り入れたが、ひどい味の様でなんとか飲ませてる状態。とてもしんどそうだった。

効果も最初こそ良さそうと思ったが、コルディの様なコレは良い!と思えるものではなかった。

全部飲ませる前に苦しそうなのでやめた。


漢方を飲ませてる時はコルディをやめて居たが、漢方を辞めてコルディにした。


3月頭。余命1か月と言われていたのに穏やかに過ごせていたので今月もまた一緒に過ごし切れると思ってた。


でも、少しずつ出来ない事が増えていた。

階段は降りられなくなり

ベットに上がれなくなり

排便が数日おきにになり

ついに排尿に失敗する様になった


2026.3.21

排尿に失敗する様になっていたが、全部失敗してる訳で無かったのが、トイレに行けなくなった。

でも、ご飯を食べてくれていたし呼吸が浅い感じもなかった。

念の為オムツを買ってあったのでオムツをはかせてどこでしてもいいからね。と思った。

サプリをあげて居たら、ほぼ寝たきりだったうちの子が意思を持って私の膝に乗ってゴロゴロ言ってくれた。もう1か月以上膝に乗って来てくれてなかったからそれだけで感極まって泣いた。


2026.3.22

私の仕事は朝早い。

この日は朝の9:30に上がる予定だった。

相方よりメールで。

『うちの子の様子がかなり危なそう。出来れば早上がりして帰って来て欲しい』と8:00頃入ってた。

メールを見た瞬間、上司に報告し帰らせて貰えた。

前々から猫の看病をしている事は伝えてあったので心良く帰してもらえた。


帰りに相方に電話した。

もう焦点が定まってなくてたまにガクガクしてる。

私はうちの子の名前を呼び、すぐに帰るから待ってて!っと泣きながら伝えた。


家に着きうちの子に駆け寄ると、もうほぼ意識が無いのだろうという様な状態だった。


9:00頃家に着き抱き上げ、

ありがとう

大好き

愛してる

楽しかった

苦しくない時に逝きなさい

頑張らなくて良い

と声をかけて居たと思う。


12:40頃赤いおしっこを出し、大きく息を吸って脱力した後、走る様な仕草をして息を引き取った。


本当は行かないでとすがりたかった。

でも、何より苦しんで欲しくなくて。

頑張って欲しかったけど苦しんで欲しくなくて。

綺麗好きでグルーミングをかかさない子だったから、おしっこで気持ち悪いだろうと思いすぐに身体をシャンプーしてドライヤーで乾かした。

保冷剤を木箱に敷き詰め身体を寝ている時の形にして置いた。

目を閉じていなかったから閉じさせようとしたけれどちゃんとは閉じてあげれなかった。


ちゃんと見送ってあげれたのか今でもわからない。

すぐにシャンプーしたり、すぐに保冷剤を敷き詰める自分の行動がなんだか凄く滑稽に感じた。


すぐに身体を空に返してあげなくちゃと思いながら、亡骸ですら愛おしくて5日後に火葬した。

暖かくなったら桜を見に行こうって言ってたから火葬当日に桜の下まで抱っこして連れ出した。


既に家を出てる娘に報告したら当日仕事を休んで来てくれた。

娘のおかげでなんとか見送る事が出来た。


うちの子が居なくなってから、ご飯を食べる事に罪悪感を感じる様になった。

笑う事に罪悪感を感じる様になって、仕事をちゃんとやる自分に嫌悪感が出る。


毎日毎日普通に仕事して。家帰ると泣いて。

もう1か月以上経つのに泣かない日は無く。

骨壷と毎日一緒に寝てる。


私は多分幸せな看取りが出来た方だと思う。

余命宣告からそれ以上一緒に居る時間が貰えて

たまたま2月に大型のお休みを申請してた為旅行を全てキャンセルして介護出来たし。

見ていられない程ひどい症状も出なかったし。

たくさん写真や動画も取れた。

居なくなる前日には私の膝に乗ってくれた事で、あの子が私の事を本当に好きで居てくれた事もちゃんと伝えて貰えてる。


でも、居ないのが辛くて。

存在が無くなると部屋が凄く静かで。

会いたくて、触れたくて、抱っこしたい。

声が聞きたい。


相方の前で泣くと困った顔をするから泣けない。

1人の時しかあの子に思いふける事が出来ない。

だから、多分誰も見ないであろうココに書いて思う存分泣いている。


本当に生まれ変わりってあるかな。

私のところに早く帰って来て欲しい。

ずっと待ってるよ。

ずっと愛してるよ。