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映画「クロッシング」を手がけたキム・テギュン監督
 脱北者100人以上に取材をし、企画から完成まで4年の歳月をかけた韓国映画「クロッシング」が、17日にユーロスペース(東京都渋谷区)で封切られた(5月1日から千葉、大阪など各地で順次公開予定)。脱北者問題に冷淡だったノ・ムヒョン政権下で、秘密裏に撮影されたという野心作だ。「99年に見たドキュメンタリー番組が、この映画を製作するそもそものきっかけだった」と語るキム・テギュン監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

【写真特集】キム・テギュン監督のインタビュー中の表情

 映画は、北朝鮮を脱北した炭鉱労働者ヨンスと、その家族についての物語だ。ヨンスは、病気になった妻の薬代を稼ぐために、中国に不法入国し、働き始める。しかし、妻はそのかいなく他界。1人残された11歳の息子ジュニは、ヨンスのあとを追って脱北を試みるが失敗、強制収容所に送られてしまう。事情を知り、遠く離れた場所で息子を助け出そうと必死の努力を続けるヨンスと、収容所の中で懸命に生き延びようとするジュニ。映画は、2人の過酷な運命を描きながら、脱北者問題に目を向けさせる。

 政治的、経済的理由で北朝鮮から脱出した「脱北者」は20万~30万人おり、日本にたどり着いた脱北者も200人に達するという。タイトルの「クロッシング」には、北朝鮮と中国の間に横たわる河川を“渡る”、父親と子供が“入れ違いになる”、そして、“十字架”の意味が込められている。キム監督はクリスチャンだ。

 「この映画を作っていて心配したのは、北朝鮮に行ったこともない人間が“北”を描くなんてうそだと言われることでした。それが嫌だったので、とにかく最善を尽くして事実と同じように作る努力をしました」と、キム監督は製作時の思いを語る。

 だが、北朝鮮は「閉ざされた世界」。キム監督自身、「行ったこともなければ、見たこともない」。実際の脱北者100余人から話を聞いたとはいえ、「人間とは、往々にして、自分が経験したことをオーバーに話す傾向がある。北朝鮮では(人々の)移動の自由がないから、みんなが自分が住んでいる世界のことだけしか知りません」と手探りで、すべてはキム監督とスタッフが、調査をどこまで綿密にできるかにかかっていた。

 当然、北朝鮮での撮影は不可能だ。そのため、舞台となる村々は、モンゴルと韓国に再現した。途中、モンゴルで撮影したシーンの映像を、実際の脱北者が見る機会があった。そのとき、彼らの間から「自分が住んでいた町が映っている」「実際に北に行って撮ったのか」という驚きの声が上がったという。「それを聞いて、自信がつきました」と顔をほころばせるキム監督。スタッフの努力が報われた瞬間だった。

 ヨンスとジュニが脱北するシーンは、実際の脱北ルートをリアルに描くために、韓国、モンゴル、中国を往来しながら行われた。その撮影もまた、北朝鮮と、それぞれの国の関係を考慮して秘密裏に進められた。

 当時の苦労を聞くと、「協力してくれた人たちに危険が及ぶことが考えられるので詳しくは話せません」とした上で、キム監督は「とにかく、撮影しながら秘密を維持するのが大変でした。無事に終わったのは、運がよかったとしかいえません」と打ち明けた。

 ヨンスとジュニ父子の行く手には、残酷な運命が待ち構えている。周囲からは、ハッピーエンドを望む声もあった。しかし、「そうはしたくなかったし、そうしないと最初から決めていました」という。なぜなら「今この瞬間も、同じ砂漠をさまよっている脱北者がいるのです。その事実を、私たちは忘れてはならないのです」ときっぱりと答えた。

 <キム・テギュン監督のプロフィル>

 1960年、韓国ソウル特別市生まれ。87年、韓国外国語大学政治外交学科卒業。88年、国立映画アカデミーを首席で卒業。その後フリーで活動し、96年に「パク・ポンゴン家出事件」(日本未公開)で監督デビュー。01年に「火山高」、04年には「オオカミの誘惑」を監督し、それぞれ、俳優のクォン・サンウさんとカン・ドンウォンさんの人気をブレークさせた。07年、映画製作会社「campB」を設立。「クロッシング」が同社の初プロデュース作となる。最近の作品に、日韓合作で石黒英雄さん主演の「彼岸島」(09年)などがある。次回作は、独立して間もない東ティモールの子供たちが、韓国人コーチの指導のもとサッカーの世界大会で優勝する実話を基にした「裸足の夢」。

 「クロッシング」公式サイト http://www.crossing-movie.jp



※この記事の著作権は引用元にあります





http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100422-00000012-mantan-ent




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映画「クロッシング」を手がけたキム・テギュン監督
 脱北者100人以上に取材をし、企画から完成まで4年の歳月をかけた韓国映画「クロッシング」が、17日にユーロスペース(東京都渋谷区)で封切られた(5月1日から千葉、大阪など各地で順次公開予定)。脱北者問題に冷淡だったノ・ムヒョン政権下で、秘密裏に撮影されたという野心作だ。「99年に見たドキュメンタリー番組が、この映画を製作するそもそものきっかけだった」と語るキム・テギュン監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

【写真特集】キム・テギュン監督のインタビュー中の表情

 映画は、北朝鮮を脱北した炭鉱労働者ヨンスと、その家族についての物語だ。ヨンスは、病気になった妻の薬代を稼ぐために、中国に不法入国し、働き始める。しかし、妻はそのかいなく他界。1人残された11歳の息子ジュニは、ヨンスのあとを追って脱北を試みるが失敗、強制収容所に送られてしまう。事情を知り、遠く離れた場所で息子を助け出そうと必死の努力を続けるヨンスと、収容所の中で懸命に生き延びようとするジュニ。映画は、2人の過酷な運命を描きながら、脱北者問題に目を向けさせる。

 政治的、経済的理由で北朝鮮から脱出した「脱北者」は20万~30万人おり、日本にたどり着いた脱北者も200人に達するという。タイトルの「クロッシング」には、北朝鮮と中国の間に横たわる河川を“渡る”、父親と子供が“入れ違いになる”、そして、“十字架”の意味が込められている。キム監督はクリスチャンだ。

 「この映画を作っていて心配したのは、北朝鮮に行ったこともない人間が“北”を描くなんてうそだと言われることでした。それが嫌だったので、とにかく最善を尽くして事実と同じように作る努力をしました」と、キム監督は製作時の思いを語る。

 だが、北朝鮮は「閉ざされた世界」。キム監督自身、「行ったこともなければ、見たこともない」。実際の脱北者100余人から話を聞いたとはいえ、「人間とは、往々にして、自分が経験したことをオーバーに話す傾向がある。北朝鮮では(人々の)移動の自由がないから、みんなが自分が住んでいる世界のことだけしか知りません」と手探りで、すべてはキム監督とスタッフが、調査をどこまで綿密にできるかにかかっていた。

 当然、北朝鮮での撮影は不可能だ。そのため、舞台となる村々は、モンゴルと韓国に再現した。途中、モンゴルで撮影したシーンの映像を、実際の脱北者が見る機会があった。そのとき、彼らの間から「自分が住んでいた町が映っている」「実際に北に行って撮ったのか」という驚きの声が上がったという。「それを聞いて、自信がつきました」と顔をほころばせるキム監督。スタッフの努力が報われた瞬間だった。

 ヨンスとジュニが脱北するシーンは、実際の脱北ルートをリアルに描くために、韓国、モンゴル、中国を往来しながら行われた。その撮影もまた、北朝鮮と、それぞれの国の関係を考慮して秘密裏に進められた。

 当時の苦労を聞くと、「協力してくれた人たちに危険が及ぶことが考えられるので詳しくは話せません」とした上で、キム監督は「とにかく、撮影しながら秘密を維持するのが大変でした。無事に終わったのは、運がよかったとしかいえません」と打ち明けた。

 ヨンスとジュニ父子の行く手には、残酷な運命が待ち構えている。周囲からは、ハッピーエンドを望む声もあった。しかし、「そうはしたくなかったし、そうしないと最初から決めていました」という。なぜなら「今この瞬間も、同じ砂漠をさまよっている脱北者がいるのです。その事実を、私たちは忘れてはならないのです」ときっぱりと答えた。

 <キム・テギュン監督のプロフィル>

 1960年、韓国ソウル特別市生まれ。87年、韓国外国語大学政治外交学科卒業。88年、国立映画アカデミーを首席で卒業。その後フリーで活動し、96年に「パク・ポンゴン家出事件」(日本未公開)で監督デビュー。01年に「火山高」、04年には「オオカミの誘惑」を監督し、それぞれ、俳優のクォン・サンウさんとカン・ドンウォンさんの人気をブレークさせた。07年、映画製作会社「campB」を設立。「クロッシング」が同社の初プロデュース作となる。最近の作品に、日韓合作で石黒英雄さん主演の「彼岸島」(09年)などがある。次回作は、独立して間もない東ティモールの子供たちが、韓国人コーチの指導のもとサッカーの世界大会で優勝する実話を基にした「裸足の夢」。

 「クロッシング」公式サイト http://www.crossing-movie.jp



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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100422-00000012-mantan-ent




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映画「クロッシング」を手がけたキム・テギュン監督
 脱北者100人以上に取材をし、企画から完成まで4年の歳月をかけた韓国映画「クロッシング」が、17日にユーロスペース(東京都渋谷区)で封切られた(5月1日から千葉、大阪など各地で順次公開予定)。脱北者問題に冷淡だったノ・ムヒョン政権下で、秘密裏に撮影されたという野心作だ。「99年に見たドキュメンタリー番組が、この映画を製作するそもそものきっかけだった」と語るキム・テギュン監督に話を聞いた。(りんたいこ/毎日新聞デジタル)

【写真特集】キム・テギュン監督のインタビュー中の表情

 映画は、北朝鮮を脱北した炭鉱労働者ヨンスと、その家族についての物語だ。ヨンスは、病気になった妻の薬代を稼ぐために、中国に不法入国し、働き始める。しかし、妻はそのかいなく他界。1人残された11歳の息子ジュニは、ヨンスのあとを追って脱北を試みるが失敗、強制収容所に送られてしまう。事情を知り、遠く離れた場所で息子を助け出そうと必死の努力を続けるヨンスと、収容所の中で懸命に生き延びようとするジュニ。映画は、2人の過酷な運命を描きながら、脱北者問題に目を向けさせる。

 政治的、経済的理由で北朝鮮から脱出した「脱北者」は20万~30万人おり、日本にたどり着いた脱北者も200人に達するという。タイトルの「クロッシング」には、北朝鮮と中国の間に横たわる河川を“渡る”、父親と子供が“入れ違いになる”、そして、“十字架”の意味が込められている。キム監督はクリスチャンだ。

 「この映画を作っていて心配したのは、北朝鮮に行ったこともない人間が“北”を描くなんてうそだと言われることでした。それが嫌だったので、とにかく最善を尽くして事実と同じように作る努力をしました」と、キム監督は製作時の思いを語る。

 だが、北朝鮮は「閉ざされた世界」。キム監督自身、「行ったこともなければ、見たこともない」。実際の脱北者100余人から話を聞いたとはいえ、「人間とは、往々にして、自分が経験したことをオーバーに話す傾向がある。北朝鮮では(人々の)移動の自由がないから、みんなが自分が住んでいる世界のことだけしか知りません」と手探りで、すべてはキム監督とスタッフが、調査をどこまで綿密にできるかにかかっていた。

 当然、北朝鮮での撮影は不可能だ。そのため、舞台となる村々は、モンゴルと韓国に再現した。途中、モンゴルで撮影したシーンの映像を、実際の脱北者が見る機会があった。そのとき、彼らの間から「自分が住んでいた町が映っている」「実際に北に行って撮ったのか」という驚きの声が上がったという。「それを聞いて、自信がつきました」と顔をほころばせるキム監督。スタッフの努力が報われた瞬間だった。

 ヨンスとジュニが脱北するシーンは、実際の脱北ルートをリアルに描くために、韓国、モンゴル、中国を往来しながら行われた。その撮影もまた、北朝鮮と、それぞれの国の関係を考慮して秘密裏に進められた。

 当時の苦労を聞くと、「協力してくれた人たちに危険が及ぶことが考えられるので詳しくは話せません」とした上で、キム監督は「とにかく、撮影しながら秘密を維持するのが大変でした。無事に終わったのは、運がよかったとしかいえません」と打ち明けた。

 ヨンスとジュニ父子の行く手には、残酷な運命が待ち構えている。周囲からは、ハッピーエンドを望む声もあった。しかし、「そうはしたくなかったし、そうしないと最初から決めていました」という。なぜなら「今この瞬間も、同じ砂漠をさまよっている脱北者がいるのです。その事実を、私たちは忘れてはならないのです」ときっぱりと答えた。

 <キム・テギュン監督のプロフィル>

 1960年、韓国ソウル特別市生まれ。87年、韓国外国語大学政治外交学科卒業。88年、国立映画アカデミーを首席で卒業。その後フリーで活動し、96年に「パク・ポンゴン家出事件」(日本未公開)で監督デビュー。01年に「火山高」、04年には「オオカミの誘惑」を監督し、それぞれ、俳優のクォン・サンウさんとカン・ドンウォンさんの人気をブレークさせた。07年、映画製作会社「campB」を設立。「クロッシング」が同社の初プロデュース作となる。最近の作品に、日韓合作で石黒英雄さん主演の「彼岸島」(09年)などがある。次回作は、独立して間もない東ティモールの子供たちが、韓国人コーチの指導のもとサッカーの世界大会で優勝する実話を基にした「裸足の夢」。

 「クロッシング」公式サイト http://www.crossing-movie.jp



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