昨日久々に心療内科へ行ってきた。
半年考えた挙句の決心だ。
心療内科に行くとは、普通の病院に行くのとは訳が違う。数年前まで、睡眠障害で毎月のように通ってた私だからこそよく知っている。同じ身体の中にあるモノなのに、心と身体は違って、なかなか厄介なものなのだ。
昔からどんな時も饒舌に話しこなす自分と、反面自分の言葉に自信がない、人と話したくないという内気な自分がいた。
饒舌話せるのは、長年接客業をしてきた証。どうしても人の前に立つと相手の目を見て、しっかりとした声で分かりやすく話してしまう。否が応でも身体がそう作動するのだ。
そんな作動がこの頃が上手く行かないのだ。
もう人と関わりたくないと思う後者の自分が全面に出てきて、話したくない、何もしたくない、寝ていたいの三拍子。このままではと思い立って、やっと心療内科のドア開けたのが昨日だったのだ。
初めて入る病院は、とても綺麗で広くて、アロマの良い香りが漂っていていた。
慣れない場所で名前を呼ばれるまで、気持ちは落ち着く訳がなく、秋晴れの気持ち良い日差しすら目に入らない。
やっと30分待って名前が呼ばれ、おどおどしながら診察室に入ると70歳過ぎの先生と言うよりか、「おじさま」が座っていた。
背が高く、とても痩せていて、あしながおじさまだ。
「おじさま」は、私の今の現状を聞くと、何故か尻込みしているようにしているように見えた。
おじさまの話し方は、ゆっくりとやんわりとしている。的を得ないこの話し方が治療なのか?
そんな中的確に、しっかりと話をする私はいつの間にか、先生に相談すると言うよりかまるで話し合いをしているようだった。
そして二つの自分に戸惑う私に「どっちつかずだから疲れるのだから、つまり演じるんだよ」と言うのだ。簡単に言えば、曖昧だから困惑するらしい。だから、割り切って饒舌な女優になれと。
話せば話すほど、話し合いになる。
途中から笑えてきてしょうがない。
久々に祖父の家に遊びに来たようだった。
あしながおじさまは「大丈夫だから、頑張れ」と言うことでもなく、今までの心療内科みたいに薬を沢山処方するわけでもなく、あしなが診察はあっという間に過ぎ終わっていった。
薬をもらわず帰る帰り道。病院に行ったのに、もらいたい訳ではないのだが、少し残念気持ちにもなるのは何故なのか。
けれど、気持ちはスーッと楽になっていた。
足取りは軽い。あしながおじさまは名医なのかもしれない。
等身大に近づいて話をしてくれたあしながおじさまは、私の心を見通してこりゃ以上なしと言ってくれたように思えた。
秋の夕暮れ。
もうこの病院に来ることないだろう。けれど、それが1番の薬をもらったのかもしれないと思った。
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