わたくし仕事しております。
肩書きは代表取締役社長?
でも社員はおらずオンリーワン。
これは会社と言えるんだろうか?
自己満族?^_^;
ま、それはさておき。
人に比べると子供の頃からそれなりに苦労が多い方だったと思います。そして早く独り立ちしたかった私は高校の頃からいつか自分の会社を立ち上げると決めてました。
未来予想は20代前半で結婚しーの、
25くらいで子供産みーの、
子育てとうまく両立させて会社経営しながらバリバリ働きーの、
渡辺さんの建物探訪に来てもらえるような立派な家を建ててそれなりの貯金もありーの。
現実は
結婚30超えてギリセーフできました~
会社設立と出産が逆になりましたが、
子供、5年かかって苦労して高齢出産でなんとか授かりました~
会社いまんとこギリ経営してます~
中古で立派ではないですが家買いました~
貯金なんてまったくありませーん。
人生まぁそんなもんでしょうか。
私が働き始めたのはバブル崩壊直後。給料少ないのに、私のいる業界は残業はハンパなく、午前様、ざらでした。化粧もせず髪を振り乱し、OLではなくサラリーマンでした。
社会人6年、思った通りやっぱり会社員がいやで独立しました。あまちゃんでしたが、お仕事もいただくことができ、いま思えばほんとにありがたかったです。
会社設立し、仕事はうまく回り始めていました。
でも私生活では、結婚してから流産し続けました。子供は無理なのかとだんだんと不安になってきました。そんな中スタッフが2人続けて妊娠。私は不育治療に加え不妊治療始め、その後私も妊娠しましたがまたもや流産。当たり前のようにお腹が大きくなっていくスタッフをまじかに見て、無意識に私は心の悲痛な叫びをあげていました。人に出来ることが私には出来ないのかと自分を責め、いままで感じたことのない屈辱を味わいました。
当時のスタッフにはイヤな思いをさせてしまったかもしれません。本当に申し訳なく思います。
常にピリピリして、夜ほとんど寝れなくなり、旦那に心療内科へ連れて行ってもらい適応障害と診断され、精神安定剤を飲み始めました。
ここはどん底。妊婦や子供を疎ましく思い、産んであげられない自分をとにかく責めました。死にたいとさえ思いました。
4回目の流産後、不妊治療でなんとか妊娠し、すぐに不育治療に取り組んでおられる県外の岡山大学でヘパリンの自己注射を受けました。
これはびっくりするくらいお金のかかることでした、、、貯金はどんどん消えて行きました。
あぁ、このまま子供がいない人生なのかもしれない、でも諦めたくない、やれること全部やってダメなら諦めようとそれを受け入れ始めた時に妊娠しました。心拍が見えた時、あぁすべては無駄ではなかったんだ、これは奇跡だと思いました。しかし、それから出産までの不安はとてつもなかったです。家から出れず、動けず、出血が続き、流産が怖くて期待せず過ごしました。
無事に生まれたときさえも信じられませんでした。我が子を抱いた時、これは夢なのか幻なのか不思議な感覚でした。
不安は人を壊します。
孤独は人を壊します。
でもあなたは一人じゃない。
私はこの経験でたくさんのことを学びました。いままで私は強い人間だ、なんでも一人で乗り越えられると勘違いしていました。強くあろうとただ人を羨んで、人からの評価を気にして、狭い世界で周りが見えなかった。でも私は私なんですね。
いまこうやって子供を育てていることは本当に神様、仏様、ご先祖様のお導き、本当に感謝してもしきれません。
妊娠し、無事に生まれるまで、おまじないでもなんでも、たくさんのことを試しました。でもそれらによって一番変わったのは心の変化、自分自身だったのかもしれません、こころに余裕が少しでも持って祈ること願うことで不思議なことに子供を授かりました。
いまもなお当時の私と同じ思いをしている人、私以上に流産されてつらい思いをされている方、たくさんたくさんいると思います。これは経験しないとわからない、本当に本当に辛い現実ではないでしょうか。そしてそこに立ち止まってしまいます。そこに立ち止まってもいいんです。立ち止まった後、ほんの少しだけ前に進めたら現実は変わるかもしれません。
不妊は多くの方がこ存じですし治療に対して助成金もでます、でも不育というものを知らない方は多いです。私に何か出来ることがあるのであればしたいと思っています。いまは同じ思いをしている方が一歩でも前に踏み出せることをひたすらひたすら祈っています。
