今日も電車に揺られながら生きています
だいぶ桜の花びらが散ってしまいました🌸
もう一度
紙の「本を読む」習慣を
つけようと思うんです。
きっかけは教授に言われた言葉でした。
沢山本を読みなさい。と
人生でこの言葉に何度か出会ってきました。
小学生の頃なんかは
先生に言われるまでもなく
時間があれば図書室に通い続け
低学年の頃はこまったさんシリーズ
中学年の頃は若おかみは小学生
高学年の頃は怪談レストラン
が特に好きでした
中学以降も本は読んでいたのですが
きっとこの頃程は読んでないです。
ではなぜ 読書をしなくなったんでしょうかね。
すぐに思い浮かぶ答えは
「スマートフォンを使うようになったから」
たしかに
新しい情報が沢山入ってきて
ゲームもあって
本から離れていった要因のひとつではあるんです。
だけれども
今思うと 好きだった本から離れる理由としては
弱いのではないか
と思ったりします
本は好きだったはずなので。
今改めて考えて
ひとつの答えを出すのならば
「集中量が無くなったから」
なのかなと思います。
ここでの集中力とは
本を理解しながら読むための力ですね
中学の頃は常に
定期考査に追われてたような気がします
少なくとも
毎日1冊本を読むほどの時間を取ることは
できなかったと思います。
そうするうちにだんだん
今日はこの1章だけを読もうになるんです。
そうなると 私のポンコツ脳みそは
すーぐ忘れてしまう影響で
前日の話から読み直さないと
分からなくなるんです。
そうなった私は
「短編小説集」
を読むようになりました
沢山面白い話に出会いました
だいたい4000字から10000字程度の本です
その中に起承転結が詰まってるんです。
短時間でもこんなに楽しい
それを知ることができたから
きっと読書は辞めなかったんだと思います。
有名な先生方の本も読みましたし
ネット小説も沢山読みました。
途中で連載が終わっていて結末が分からず
布団の上でひとりもがいていた日々も
懐かしいものです。
その分
200ページを超える本を読むことが
ほとんどなくなりました。
その結果、今感じることは
本を読み続けたことで
教養的な知識はとっても育ったと思います
ぱっと例は思いつかないですが
みんな知ってるのに自分だけが分からない
ということが
流行りの話などではあれど
一般教養的な部分では
ほとんど起こらなかったような気がします。
それでも
文章を読み理解し続ける集中力は
まだまだ足りていないと思うのです。
つまるところ
今まで
私に読書を進めてくださった方々は
「知識をつけるために」
本を読みなさい
だったのに対して
教授は
「長文を理解し続けることになれるために」
本を読みなさい
と伝えてくださったような気がするんです。
もちろん私の想像しすぎなところが大きいです
人に言われたからやる、
じゃなくて
人に言われたことを
自分の中で噛み砕いて理解して
納得してから動きたいです。
その時間が今回はありました。
本を読みなさいと
言われたからじゃなくて
自分がもっと文章を読む力をつけたい
上手く言葉に出来なかったことを
伝えられるような力をつけたい。
読書はその両方の力を習得できるかもしれない
素敵な機会。
だから自分の意思でやってみる。
これから沢山本を読もうと思います。
という宣言でした。