まもなく父の死から3ヶ月。
月日が経過するのは早いなーって、母とよく言っています。
父は生前、葬儀の資料も自分で取り寄せをしていたり、10年前には自宅付近の富士山が見える場所にお墓も買っていたので亡くなってから困った事は殆どありませんでした。
弟の親友がお寺の住職だったので、生前何かあった時は頼むとお願いしていたので亡くなってすぐに枕経をあげにきてくれたり、葬儀社との打ち合わせも同席してくれてわからない事だらけの葬儀も何一つ不満や揉め事なく執り行えた。
葬祭場のスタッフの方全員が、私達家族親族に配慮した気遣いをしてくれて、葬祭場をオススメする事なんて余りよくないかも知らないけれど、友人達に父の葬儀の話をする時にはオススメしていた程。
亡くなってから葬儀まで火葬場の関係で1週間の時間があった。
家に入れたのは4日で、残りは葬儀社に預けていたのですが、面会もできました。
ただ母は余り面会を希望していなく、後から聞いた話だと面会に行くと冷蔵庫から引き出されてそのまま面会になると、心情的に悲しくなる経験ばかりだったようだ。子供にその経験をさせたくなかったと。
だけど、私達が面会の時間に行くと父はきちんと祭壇の前に置かれていて、お焼香代もあって、冷蔵庫も仕切りで隠されていた。1つの部屋に移動されてきたような感じでした。
今の葬儀社は当たり前の事なのかもしれませんが、遺族として悲しみが癒えない中ちょっとした配慮に心温まりました。
葬儀前日に湯灌も行いました。
私自身湯灌は初めての経験でした。
中々お風呂に入れなかった父が温かいお湯で身体を洗ってもらい、シャンプーと髭剃りを家族が行う。
悲しみはもちろんあるけれど、父を送り出す準備を1つづつしていけた事でとても温かい気持ちで葬儀を迎えられました。
湯灌は9万円と高額ですが、私は値段以上の経験をさせて貰った気持ちです。
行政の手続きや、諸々の手続きは亡くなってからだと書類が必要だったりでとても時間が掛かりました。
まだ家の登記だけは残っていますが、それも終わりそうです。
父が生前お墓を買っておいてくれたお陰で、49日の法要も問題なくスムーズに行えて納骨できました。
生前にお墓を買う事や、葬儀をどうするか。
戒名はどうするか。
正直、病と闘ってる人にはとても辛い事だと思います。
でも自分の生きた証を、きちんと自分の手で最期までやり遂げる。
病と闘ってる姿もそうでしたが、私達残された家族が困らないように全て準備してくれていた父はとても強い人でした。
生きていた時は、面倒くさい父親だなーとか。
闘病生活早く終わりにしたいっていう気持ちになった事も。
でもいなくなって、わかる事本当に大きいですね。
ありがとう。
もう伝えたくても、いないんです。
会いたい。