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明けましておめでとうございます
昨年もブログを読んでくださってありがとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
母に会えなくなって、なかなか記事を書けなくなってしまい残念に思っています
早くまた母との毎日を綴りたいな。
おかげさまで施設から連絡はなく、母は無事に年を越したと思われます。
考えたら、私、母と過ごさないお正月は人生初めてです。
いい年をして、とんだマザコン女です


大人にならなきゃいけませんね
このブログを読んでくださる皆さまも、新型コロナのせいでいろいろと大変な日々をお過ごしでしょうね。
はやくコロナが落ち着いて、平穏な日常が戻りますように・・・
皆さまのご健康とご多幸を心からお祈り申し上げます。
母が施設に入所して、私は「介護依存」ならぬ「面会依存」状態でした。
だから新型コロナのせいで面会禁止になり、母に会えなくなって、途方に暮れています。
ここ1、2年は、母の認知症がどんどん進んで、そろそろお別れが近いのではないかと、毎日恐怖でした。
それでも毎日面会できて、
ああ今日も生きている
と実感することで安心できました。
でも今は会えない
母に会えない生活を送るというのは、なんだか母が死んでしまった後の予行練習のよう
生きてるのにね。
今まだ生きてるのに、会えないなんて辛い。
いや、辛いなら私が母を引き取って在宅介護すればいいのよね。
そこまでできないのに文句だけ言うのはずるいよね
母の施設でも、テレビ電話による面会を導入しています。
利用したことはないし、利用するつもりもありません。
そういうのは、もうちょっと軽い認知症向けのサービスですよね
あとは、お願いすれば、ガラス越しで数分会わせてもらうようなことは、多分してもらえます。
でもね、それも意味あるかな?と思ってしまう
今の母は、それでは誰かと会えているという認識はできません。
耳元で名前を呼んだり、歌ったり。
(言葉には反応しなくても、歌には反応します)
10cm以内に顔を近づけて、母の黒目に自分を映したり。
手を握ったり、体をさすったり、抱きしめたり。
そこまでしないと「面会」じゃないんです。
車椅子にぐったりもたれかかり、がくっと頭を垂れ、呼びかけにも応えない母をガラス越しに眺めるなんて、そんなの私にとっては「面会」じゃない
というか、重症の認知症だったら、皆さんそうなっちゃいますよね
きっと同じ思いをされている人はたくさんいらっしゃるだろうと思って、久しぶりに公開記事を書いてみました。
早く会いたい。
早く抱きしめたいです。
どうかそれまで生きていて、と祈っています。