父が死んだ。享年59歳。借金を苦にした自殺だった。
職場にかかってきた電話に出ると、弟が真剣な口調で「落ち着いて聞いてほしい」となにかの漫画の台詞みたいなことをいった。そのギャップが不思議で、しばらく弟が本当に真剣な話を始めようとしていることに気付かなかった。
「家の駐車場で」と続けた弟の口から「父が自殺を」と言う言葉が出るまで、私は「母か父が転んで怪我でもしたのか」とか「愛猫が車に引かれたのか」とか、何事か起きたのだろうとは思いながらも、こんな事態は想像もしていなかった。
身体中の血がサーっと冷たくなり、手が震えて応答する口が回らなくなった。
頭が回らない中、上司に事情を説明して早退して家まで帰った。
今思い出してもあのときの感覚は恐ろしくて、もう二度と経験したくない。
精神的に病んでいた時期のある私にとって「自殺」というものは一般の人よりも少しだけ身近にあるものだったように思う。けれどそれはいつも曖昧で形を持たず、漠然とした概念のようなものだった。
それが、いざ目の前に現れ対面し向き合わないといけないものになった時にはじめて、そいつの恐ろしさを目の当たりにした。
そこにあったのは「なにもない」ということ。父が死んでしまったと言う「虚無」だった。
自殺をする人がいること、それによって悲しむ人がいることを、私はちゃんと知っているはずだった。
自死遺族の方のブログを読んだこともあったし、自分が死んで悲しむ家族の姿もちゃんと想像することができていた。
けれど「知っている」ということと、「わかる」ということには果てしない隔たりがあって、私は今もその隔たりにかなり苦しめられている。
自分の生きている世界の話だと思わなかった。いつかは訪れる別れだとはわかっていたけど、それは今じゃなかったし、こんな形じゃなかった。
なんの整理も覚悟もない、本当に突然のことに、未だに実感がわかない日々が続いている。
そのために、不意に訪れる「また会って話したい」という感情にところ構わず涙がでて、些細な出来事で父を思い出す度に言い様のない悲しみで立ち上がれなくなる。
この悲しみといつまでも向き合えばいいのか検討もつかない。その途方のなさに心が折れそうになっている。
自殺の事実については、父の最後の希望で、本当に親しい親族以外には伏せている。だから私達家族は自分達だけで父の自殺という事実を消化できるようにもがいている。
その中でわたしが手を伸ばしたのが、匿名の世界でブログを書くことだった。
あの日からいろんなことを考えたけど、何一つまともに答えが出ていない。考えれば考えるほど色々思うのになにもまとまらない。
けれどこうやって、わからないということを黙々と書いていれば、いつかはなにかわかるのかもと思ったのだ。
このブログは100%私の自己満足と心の整理のために書くブログだ。
私は父が自殺をしたという事実を隠したくない。父の意向であるから誰にも言わないだけで、家族の許可さえ降りれば、いずれ何らかの形でもっと多くの人に父が誰かわかるようにこの事を知ってもらいたいとさえ思っている。
プライドの高かった父なので文句を言われるかも知れないが、私達が背負うことになった悲しみと相殺してチャラにして欲しい。
つたない文章で綴るこのブログが何か意味のあるものになるのか。
わからないけれど書いていきたいと思う。
職場にかかってきた電話に出ると、弟が真剣な口調で「落ち着いて聞いてほしい」となにかの漫画の台詞みたいなことをいった。そのギャップが不思議で、しばらく弟が本当に真剣な話を始めようとしていることに気付かなかった。
「家の駐車場で」と続けた弟の口から「父が自殺を」と言う言葉が出るまで、私は「母か父が転んで怪我でもしたのか」とか「愛猫が車に引かれたのか」とか、何事か起きたのだろうとは思いながらも、こんな事態は想像もしていなかった。
身体中の血がサーっと冷たくなり、手が震えて応答する口が回らなくなった。
頭が回らない中、上司に事情を説明して早退して家まで帰った。
今思い出してもあのときの感覚は恐ろしくて、もう二度と経験したくない。
精神的に病んでいた時期のある私にとって「自殺」というものは一般の人よりも少しだけ身近にあるものだったように思う。けれどそれはいつも曖昧で形を持たず、漠然とした概念のようなものだった。
それが、いざ目の前に現れ対面し向き合わないといけないものになった時にはじめて、そいつの恐ろしさを目の当たりにした。
そこにあったのは「なにもない」ということ。父が死んでしまったと言う「虚無」だった。
自殺をする人がいること、それによって悲しむ人がいることを、私はちゃんと知っているはずだった。
自死遺族の方のブログを読んだこともあったし、自分が死んで悲しむ家族の姿もちゃんと想像することができていた。
けれど「知っている」ということと、「わかる」ということには果てしない隔たりがあって、私は今もその隔たりにかなり苦しめられている。
自分の生きている世界の話だと思わなかった。いつかは訪れる別れだとはわかっていたけど、それは今じゃなかったし、こんな形じゃなかった。
なんの整理も覚悟もない、本当に突然のことに、未だに実感がわかない日々が続いている。
そのために、不意に訪れる「また会って話したい」という感情にところ構わず涙がでて、些細な出来事で父を思い出す度に言い様のない悲しみで立ち上がれなくなる。
この悲しみといつまでも向き合えばいいのか検討もつかない。その途方のなさに心が折れそうになっている。
自殺の事実については、父の最後の希望で、本当に親しい親族以外には伏せている。だから私達家族は自分達だけで父の自殺という事実を消化できるようにもがいている。
その中でわたしが手を伸ばしたのが、匿名の世界でブログを書くことだった。
あの日からいろんなことを考えたけど、何一つまともに答えが出ていない。考えれば考えるほど色々思うのになにもまとまらない。
けれどこうやって、わからないということを黙々と書いていれば、いつかはなにかわかるのかもと思ったのだ。
このブログは100%私の自己満足と心の整理のために書くブログだ。
私は父が自殺をしたという事実を隠したくない。父の意向であるから誰にも言わないだけで、家族の許可さえ降りれば、いずれ何らかの形でもっと多くの人に父が誰かわかるようにこの事を知ってもらいたいとさえ思っている。
プライドの高かった父なので文句を言われるかも知れないが、私達が背負うことになった悲しみと相殺してチャラにして欲しい。
つたない文章で綴るこのブログが何か意味のあるものになるのか。
わからないけれど書いていきたいと思う。