パートナーや家族、同僚といった身近な人との関係がぎくしゃくしている時や、政治や社会的な問題において敵味方が対立する状況では、実は私たちが本当に必要としているのは対話なのです。
しかし、そのような時に限って私たちの「聞く」能力はうまく機能しません。相手の言葉を受け止めることが難しくなってしまいます。
そうした状況では「聞く技術」ではなく、「聞いてもらう技術」が求められます。
私たちが相手の話を受け入れられないのは、自分自身の思いを理解してもらえないからだと思います。
心が不安定で、脅かされているときには他者の言葉を受け入れる余裕がなくなってしまうのです。
振り返ってみると、コロナ前の日本はすでに余裕を欠いており、若者の声に耳を傾けようとすると、高齢者の資源を削る必要があったり、地方の意見を尊重しようとすれば都市のリソースが減少するという矛盾した状況がありました。
もちろん、高齢者には高齢者なりの事情があり、都市には都市特有の苦しみが存在しています。
そのため、様々な対立がますます深まってしまうのです。
対話が必要であることは明白ですが、そういう時こそ対話は難しいものです。
こうした状況を乗り越えるためには、まずは少し距離を置くことが重要です。
そして、離れた場所からでも相手に思いやりを持って接する時間を持つことが大切です。
私たちは皆、人生の当事者であり、さまざまな困難に直面します。
その中には理不尽なことも多くあり、そんな時に誰かに話を聞いてもらえると、とても助かります。
そうすることで、私たちは孤独から解放され、再び考える力を取り戻すことができるのです。
当事者としての立場にいる時は、自分の話を聞いてもらい、第三者の立場にいる時は他者の話を聞くことが求められます。
苦しい対話の末に、どこかで妥協点を見出すためには、誰かが私たちの気持ちを理解してくれている必要があります。
「それは辛いよね」と誰かが共感してくれることで、私たちは少しだけその辛さを耐えることができるようになります。
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