神様の沈黙は涙だ      リビングライフ黙想エッセイから

10年ほど前のことだ。大学入試センター試験の日だった。夕方のニュースで、その日の朝の風景が映し出されていた。学生たちが試験場に全員入った後、校門が閉まった。ところが、その直後、息を切らしながら母親と息子が駆けつけた。彼らが事情を話すと、校門が開けられた。走っていく学生の後ろ姿をカメラがとらえた。かばんがとても重そうだった。学校の建物はずっと遠くにあって、道は上り坂だ。その時、カメラがアングルを変えて母親をとらえた。母親は校門にしがみついていた。すると記者がマイクを差し出して、「今のお気持ちはいかがですか」と聞いた。私はその時の母親の言葉を忘れる事ができない。「代われるものなら代わってやりたいです」と、その母親は涙をこぼしながら震える声で答えた。息子を試験場に送った母親は、何も口にせず、涙を流して祈りながら、試験が終わって息子がでてくるのを待っていた。
映画『パッション』を見ると、イエス様が息を引き取るシーンがある。イエス様が十字架の上で頭を垂れると、突然、天からひとしずく落ちてくる。神様の涙だ。神様のひとり子が十字架の上で「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」と叫んだのに、父は何も答えられなかった。なぜだろう。息子を救えば、私たちをあきらめなければならないからだ。父は息子が十字架で死んでいくとき、沈黙しなければならなかったのだ。私たちの救いはこのようにして成し遂げられた。

青年よ、立ち上がれ/イ・サンジュン