空前の朗読ブームである。
…と以前、みうらじゅん氏の『新「親孝行」術』のコンセプト力に感嘆して、
はったりを書いたことがあった。『声に出して読みたい日本語』以降の世間
が本当に「朗読ブーム」かどうかは置いといて、朗読は愉快だ。それに効く。
さっそくダマされてみよう、という方には下の三冊をお勧めしておきたい。
星野道夫『旅をする木』(文春文庫)
池澤夏樹『神々の食』(文春文庫)
梨木香歩『家守綺譚』(新潮文庫)
何でも好きなものを音読すればよさそうなもんだが、朗読に向く本、という
のは確かにあると思う。で、上記に三冊に共通する特徴を考えてみるに、
1.大長編ではなく比較的短いまとまりの中にエッセンスが込められている
2.文体が研ぎ澄まされていて心地がよい
3.伝わってくるイメージが豊かに広がる
…といったところかと思う。少々敷衍しよう。
星野道夫『旅をする木』は、オールタイム・ベストのマイ朗読アイテム。
極北の体験を綴った手紙の文体が入り込みやすく、ミチオ・ホシノの視点に
同化するかのような爽快な気分が味わえて、コスト・パフォーマンス抜群。
そう思って「愛用」していたら、この本の表紙のイラストまで描かれた、
朗読の勧めをしている人がいて驚いた。発見した時は、かなりウケた。
■はにわきみこ『解毒生活』(情報センター出版局)
思えば、普通に生活していても、自分の心の内を誤解のないように人に
伝えるのは難しい。優しい言葉ばかりを選んではいられない。緊張感が
とれない時期は、「自分の言いたいことを伝えられない欲求不満」とか
「イライラしてひどい言葉を使った自分への自己嫌悪」がベースにある
ことも多い。そんなとき、清涼感のある言葉を声にのせると、心が浄化
される気がするのだ。
ちなみに、この『解毒生活』も実用的名著です。はにわ氏には続編も期待。
さて池澤夏樹『神々の食』。これはオキナワの食材や料理を紹介する機内誌
の連載をまとめたもの。文庫版も出ている。といってもただのグルメ本では
なく、食を通じて見たオキナワを幸福感いっぱいに描いた珠玉のエッセイだ。
ここに出てきたものは、どれも食してみたくなる。文章というものの持つ力
を堪能できる、という意味では池澤氏の近年のベスト・ジョブである(!)
食べ物を前にして膨れあがる歓喜がダイレクトに伝わってくるようだ。
あまりの力の入りように、朗読しながら吹き出してしまったこともあった。
もちろんこれは絶賛の極みである。
最後に梨木香歩『家守綺譚』、これも最近文庫化。これはちょっと応用編か。
読書界に広く好評を以て迎えられた評判の一冊なのでご存知の方も多いかも。
舞台が「百年すこしまえ」故に、やや擬古調の文体が混じり、音読の際に
躓くこともあるかもしれないが、がんばって読みこなすと実に快いのだ。
季節の巡りの中で主人公が遭遇する、かそけきモノたちとの交感が面白く、
情趣に富んでいて、朗読するとその「気配」のようなものが立ち上がる。
そういえば作中に主人公がサルスベリの木に本を読んでやる場面があった。
「応用編」と言ったのは、この作品の伝えるイメージが狭義の「現実」では
なく、いわゆる幻想の領域のものであるという点で。アラスカの自然も沖縄
の食材も、大抵の人は実体験として触れたことがないものかもしれないが、
『家守綺譚』は物理的な現実世界とは違うリアリティを紡ぎ出しているのだ。
“朗読の家元”と勝手に僕が目している永井一郎さんの本から引用しよう。
■永井一郎『朗読のヒント』(ふきのとう書房)より
朗読の技術とは「間」とか「声の調子」というようなものではない。
イメージを明確にしてそれを信じ、的確な行動を続けていくこと、
つまり、架空の世界で日常のようにやれるということ、それが朗読の
技術そのものなのです。こうした発表会は結果的に才能のある人と
ない人を峻別する結果になってしまいます。いい評価を勝ち得たのは、
観客の頭に自分のイメージを送り込めた人でした。
…なるほど。“架空の世界”ではあるが『家守綺譚』には、独特の空気感が
生き生きと息づいている。主人公にはわけのわからない輩も、ちゃんとその
世界の因果律の中で位置づけられて呼吸している。そういう優れた創作物で
あるからこそ、朗読する楽しみも大きい。そういう意味での「応用編」だ。
作者御自身の朗読を三度聴く機会があったが、その世界のリアリティを強く
信じ、感じ、愛している作者こそが、最もふさわしい読み手だと思わせた。
それもまた幸福な記憶。
昨日からずっと“とびっきりの産毛”のような幸福感、のことを想っている。
永井一郎さんの本に、こんな記述もあった。
■永井一郎『朗読のヒント』より
小説に登場する人も、芝居の登場人物も、詩にうたわれる人も、
みな幸せを求めます。これを幸福願望と呼ぶことにしましょう。
作品を理解するには、登場人物一人ひとりの幸福願望を理解することが
早道です。一人の幸福願望は、ほかの人の幸福願望とぶつかり合います。
それがドラマです。
そうしたドラマを観察していますと、登場人物一人ひとりの幸福願望が
正しかったかまちがっていたかがわかってきます。
それがわかったとき、登場人物の生きた状況が正しかったかどうかも
わかってきます。本を読むことの意味がここにあります。
で、結論。“とびっきりの産毛”を育むには、きっと朗読が有効である。
この結論に心動かされた方には最終兵器として、
工藤直子『ともだちは海のにおい』(理論社)をオススメしたい。
この“いるか”と“くじら”の実在感たるや、くすぐったいのを通り越して
ムズがゆいくらいだ。
それでは、魅惑の朗読暮らしへ、ようこそ。
…と以前、みうらじゅん氏の『新「親孝行」術』のコンセプト力に感嘆して、
はったりを書いたことがあった。『声に出して読みたい日本語』以降の世間
が本当に「朗読ブーム」かどうかは置いといて、朗読は愉快だ。それに効く。
さっそくダマされてみよう、という方には下の三冊をお勧めしておきたい。
星野道夫『旅をする木』(文春文庫)
池澤夏樹『神々の食』(文春文庫)
梨木香歩『家守綺譚』(新潮文庫)
何でも好きなものを音読すればよさそうなもんだが、朗読に向く本、という
のは確かにあると思う。で、上記に三冊に共通する特徴を考えてみるに、
1.大長編ではなく比較的短いまとまりの中にエッセンスが込められている
2.文体が研ぎ澄まされていて心地がよい
3.伝わってくるイメージが豊かに広がる
…といったところかと思う。少々敷衍しよう。
星野道夫『旅をする木』は、オールタイム・ベストのマイ朗読アイテム。
極北の体験を綴った手紙の文体が入り込みやすく、ミチオ・ホシノの視点に
同化するかのような爽快な気分が味わえて、コスト・パフォーマンス抜群。
そう思って「愛用」していたら、この本の表紙のイラストまで描かれた、
朗読の勧めをしている人がいて驚いた。発見した時は、かなりウケた。
■はにわきみこ『解毒生活』(情報センター出版局)
思えば、普通に生活していても、自分の心の内を誤解のないように人に
伝えるのは難しい。優しい言葉ばかりを選んではいられない。緊張感が
とれない時期は、「自分の言いたいことを伝えられない欲求不満」とか
「イライラしてひどい言葉を使った自分への自己嫌悪」がベースにある
ことも多い。そんなとき、清涼感のある言葉を声にのせると、心が浄化
される気がするのだ。
ちなみに、この『解毒生活』も実用的名著です。はにわ氏には続編も期待。
さて池澤夏樹『神々の食』。これはオキナワの食材や料理を紹介する機内誌
の連載をまとめたもの。文庫版も出ている。といってもただのグルメ本では
なく、食を通じて見たオキナワを幸福感いっぱいに描いた珠玉のエッセイだ。
ここに出てきたものは、どれも食してみたくなる。文章というものの持つ力
を堪能できる、という意味では池澤氏の近年のベスト・ジョブである(!)
食べ物を前にして膨れあがる歓喜がダイレクトに伝わってくるようだ。
あまりの力の入りように、朗読しながら吹き出してしまったこともあった。
もちろんこれは絶賛の極みである。
最後に梨木香歩『家守綺譚』、これも最近文庫化。これはちょっと応用編か。
読書界に広く好評を以て迎えられた評判の一冊なのでご存知の方も多いかも。
舞台が「百年すこしまえ」故に、やや擬古調の文体が混じり、音読の際に
躓くこともあるかもしれないが、がんばって読みこなすと実に快いのだ。
季節の巡りの中で主人公が遭遇する、かそけきモノたちとの交感が面白く、
情趣に富んでいて、朗読するとその「気配」のようなものが立ち上がる。
そういえば作中に主人公がサルスベリの木に本を読んでやる場面があった。
「応用編」と言ったのは、この作品の伝えるイメージが狭義の「現実」では
なく、いわゆる幻想の領域のものであるという点で。アラスカの自然も沖縄
の食材も、大抵の人は実体験として触れたことがないものかもしれないが、
『家守綺譚』は物理的な現実世界とは違うリアリティを紡ぎ出しているのだ。
“朗読の家元”と勝手に僕が目している永井一郎さんの本から引用しよう。
■永井一郎『朗読のヒント』(ふきのとう書房)より
朗読の技術とは「間」とか「声の調子」というようなものではない。
イメージを明確にしてそれを信じ、的確な行動を続けていくこと、
つまり、架空の世界で日常のようにやれるということ、それが朗読の
技術そのものなのです。こうした発表会は結果的に才能のある人と
ない人を峻別する結果になってしまいます。いい評価を勝ち得たのは、
観客の頭に自分のイメージを送り込めた人でした。
…なるほど。“架空の世界”ではあるが『家守綺譚』には、独特の空気感が
生き生きと息づいている。主人公にはわけのわからない輩も、ちゃんとその
世界の因果律の中で位置づけられて呼吸している。そういう優れた創作物で
あるからこそ、朗読する楽しみも大きい。そういう意味での「応用編」だ。
作者御自身の朗読を三度聴く機会があったが、その世界のリアリティを強く
信じ、感じ、愛している作者こそが、最もふさわしい読み手だと思わせた。
それもまた幸福な記憶。
昨日からずっと“とびっきりの産毛”のような幸福感、のことを想っている。
永井一郎さんの本に、こんな記述もあった。
■永井一郎『朗読のヒント』より
小説に登場する人も、芝居の登場人物も、詩にうたわれる人も、
みな幸せを求めます。これを幸福願望と呼ぶことにしましょう。
作品を理解するには、登場人物一人ひとりの幸福願望を理解することが
早道です。一人の幸福願望は、ほかの人の幸福願望とぶつかり合います。
それがドラマです。
そうしたドラマを観察していますと、登場人物一人ひとりの幸福願望が
正しかったかまちがっていたかがわかってきます。
それがわかったとき、登場人物の生きた状況が正しかったかどうかも
わかってきます。本を読むことの意味がここにあります。
で、結論。“とびっきりの産毛”を育むには、きっと朗読が有効である。
この結論に心動かされた方には最終兵器として、
工藤直子『ともだちは海のにおい』(理論社)をオススメしたい。
この“いるか”と“くじら”の実在感たるや、くすぐったいのを通り越して
ムズがゆいくらいだ。
それでは、魅惑の朗読暮らしへ、ようこそ。