榎本武揚公の没後100年。
7月には記念シンポジウムを聴きに行った。「国際主義者か、帝国主義者か?」
という二項対立に収まらない、その大きな存在を未だ捉え切れない感を強くした。
世界が剥き出しの資本主義、というか教科書の中の出来事としか思えないような
帝国主義戦争の様相に迫っていく中、五稜郭以後の榎本武揚の人生の軌跡を知る
ことがますます大事に思えて来ている。佐々木譲さんの『武揚伝』に導かれて
日本の近代の端緒に潜む「ねじれ」を“体感”したことが、ずっと響き止まない。

この「ご縁」を確かめる思いで函館市立博物館で開かれている特別展に出かけた。

■特別展 没後100年「榎本武揚-箱館戦争の光と影-」

本物の流星刀や多津夫人とやりとりされた手紙も見られてうれしかったが、
最も気になったのは榎本が後半生に力を入れた「殖民」についての展示だった。
植民地という時のショクミンと同音だが榎本の言う「殖民」は意味が異なる、
という主旨のキャプションがついていた。
広辞苑で引いてみたところ二つの漢字が併記されていて区別されてはいない。
下記の研究書が新刊として出ているようなので当たってみる必要がある。

■東京農大榎本・横井研究会 編 『榎本武揚と横井時敬—東京農大二人の学祖』

展示スペースの一角にテレビが据えられていて、過去のNHKの歴史番組が
流されていた。ちょうど榎本武揚の特集でゲストの佐々木譲さんが映っていた。
しばし画面に見入る。

好ましき自由主義的保守、という言葉が頭に浮かぶ。最近、エドマンド・バーク
への関心から高山宏『ふたつの世紀末』を引っぱり出したり、佐藤優氏の言説に
触発されて「うむ、南北朝とフロマートカ」とか闇雲にわけのわからない対角線
を妄想してみたり、ネーション・ステートとフランス近代共和制のすったもんだ
が今後の日本で他人事ではなくなるだろう、とか話していたりしたせいだろう。
往年の大河ドラマ「黄金の日日」の終盤を見直していたせいもあるかもしれない。

榎本武揚。ナポレオン・ボナパルトを英雄視した青年、その長い長い後半生。
「洋行帰りの西洋かぶれ」や「二君にまみえた変節漢」は見当違いも甚だしいと
して、さて榎本武揚その人を今日の文脈でどう捉えれば未来につながるのだろう。
イノベーションを積極的に推進することで保守を実現する漸進的な自由主義者か。
榎本の視点から見えた明治をもっともっと体感したい。

函館は親しい街なので避暑がてら気軽に飛んだ。市電に揺られて久しぶりの
五稜郭へも足を運ぶ。さすがに日中は陽射しも強いが空気は爽やかだ。
「葉っぱの形が違うね」と北海道の地を踏む度の決まり文句をつぶやいて笑う。
青葉を繁らせた樹々が緑の下草に木漏れ日を落としている中をくぐって歩く。
「臨死体験のイメージ映像みたいだ」と妙な体感を口にしてまた笑う。

滞在の目的のひとつは、五稜郭のすぐそばの函館中央図書館を訪れることだった。
以前に来た時に函館市民がうらやましくて溜め息が出るくらいに気に入った場所。
何をするでもなく書棚の間をうろつくのが愉しい。オランダかフィンランドあたり
の都市の施設に来ているような居心地の良さがある。単に建物が新しいというだけ
ではない、確かな設計思想や運営方法があるのだろう。同じ日本という行政体の
中でも、やればできなくはないのだ、という実例として心慰められる思いがする。
蝦夷共和国の中枢たる五稜郭に隣接する図書館、というのが「あり得たはずの
もうひとつの未来」めいた連想となって、この過剰な思い入れをつくってもいる。
思えば前回函館を訪れた際、五稜郭タワーの上から俯瞰した景色の中に見つけた
のが、この図書館に来たそもそものきっかけだった。

すべては佐々木譲さんの紡ぎ出した極上のロマネスクの甘美な罠、というわけだ。