きの子が、さくら(5歳)とすみれ(1歳)との日常を綴っています。
さくらは少食&偏食だ。そして自分で食べない。5歳になった現在では、少しずつ食べられる種類、量も増えてきたが、未だに嫌いな食べ物は私が食べさせている。
特に3歳までは酷かった。
5ヶ月から断乳の1歳2ヶ月まで、ほぼ母乳しか口にせず。気が向いたら、白系の食べ物を小鳥のエサ程度。(もちろんフォロミは飲まない)
断乳すると急に食べるという情報を信じたものの、見事玉砕。私発狂。
2歳くらいから、やや量が増えるものの、偏食具合は変わらず。きっとこの子は光合成で生きてるんだと血迷い、毎日公園で遊ばせる。
これが3歳半くらいまで続いた。
とてつもなく悩んだし、色んな所に相談したり、調べて努力してみたけれど、解決には至らなかった。
ひとつ、印象的な出来事があった。
2歳前半の時、自然派ママと子連れランチをした。
自然派ママは、栄養バランスを考えた完璧な手作り弁当&麦茶。
一方うちは、丸パン1個(さっきスーパーで買ったやつ)&豆乳ココア(さっきスーパーで買ったやつ)
彼女の大潮のごとくドン引きした顔が忘れられない
普段から相手を不快にさせる言動をする非常識な子ではない。自然派を自慢げにひけらかしたり、価値観を押し付けてくるような子でもない。
ただ、ただ、彼女は驚いただけなのだ。
うちの子の食事内容に。
彼女の価値観の中には、こういったメニューは存在しなかったのだ。
いっそ鼻につく自然派ママだったらよかった。彼女に悪気が一切ないからこそ、ざっくり傷ついた。
一応弁解すると、さくらは家では大丈夫な物でも、外ではほとんど食べられなくなる。当時は…
①パン(特定1商品or特定のレストラン商品)
②揚げたてポテト(細いもの限定)
③温かいうどん(腰が強すぎないもの)
④白米(温かいもの限定)
菓子パンなどを除くと、90%以上の確率で食べるのは、これくらいだった。(食べないこともあるよ
)
フードコートではない、レンジもない場所で該当するものは、①しかないのがおわかりいただけるだろうか。
怠慢ではない
消去法だったのだ
普通のココアではなく、豆乳ココアにしたのは、せめてもの抗いだったのだが、そんな些細な違いは、彼女にとってないも同然だったのが、とても虚しかった(乾笑)
そんな事件がありつつも、幼稚園入園の直前くらいから、急に食べられる物が増えたので安堵した。
きっと年齢を重ねると共に解決していく問題なのだろうと、それ以降、偏食少食については、あまり気に止めなくなった。
そんな時、下の子すみれが産まれた。
飛ぶように月日が過ぎていき、あの5ヶ月目が来た。
そう、離乳食。
私にとってはトラウマでしかない。作っては泣きながらゴミ箱に捨てた日々。(もちろん既製品も食べないよ
)
でも、なんとなく食べたそうにしてるし、いつかはやらないといけない。6ヶ月になる直前くらいまで逃げ続け、ようやく思い腰を上げた。
前日から胃痛がするくらい憂鬱だった。
しかし予想は大いに裏切られる。
すみれは、何をあげても食べた。口に入れた分だけ、きちんと嚥下した。
涙が出そうなほどの嬉しさ込み上げたが、赤ちゃんなのだから、いつ急に拒否してもおかしくないと、嬉しさを腹に押し止めた。
しかし2週間ほど続けると、ある変化が生まれる。
「ご飯だよ!」そう声をかけると、すみれは嬉しそうにニコリとした。それどころか、まだうまく動かすことのできない手足をパタパタさせて、こちらに来ようとまでする。
涙が溢れた
大袈裟だと思われるだろう。だが、私には初めて見る、そしてずっと待ち望んでいた光景だったからだ。
さくらは「ご飯だよ!」と言われても一度もこんな風に喜んだことはなかった。3歳半を過ぎると、私が喜ぶと知って、わざと嬉しそうにすることはあった。そんな風にさせてしまうことが、とても心苦しくて申し訳なくて辛かった。
好物に喜ぶことはもちろんあった。
でも、すみれのそれとは根本が違うと思った。すみれは「ご飯を食べる」それ自体が嬉しいという感じなのだ。
10ヶ月くらいになると、さらに大きな違いを目の当たりにする。
さくらは、食べることに集中できず、小さな一口を食べては、今日幼稚園であったことをママに話す。話す。話す。
聞くのは楽しいし、嬉しいのだけれど、全く食事は進まない。促すとしゅんとして、もそもそ食べる。でもすぐに話し出す。
一方すみれは脇目もふらず、手掴みでガツガツ食べる。
対照的な二人を見比べて考える。
何なんだろう、この違い。
年齢じゃない。
さくらは赤ちゃんの時から、食事に集中できていなかった。昔はぐずる。今は喋る。ただそれだけの違い。
すみれは、完食するとデザートのヨーグルトをん!ん!と言って催促する。
差し出すと、嬉しそうにスプーンに食いついてくる。その姿からは、私は食べるんだ!というオーラが迸っていた。
そうか。これだ。
さくらには、これがない。
食べる意欲というのか。
食べることに興味がないとは思っていたけれど、興味がないというよりも、食べるモードになれない。そもそも
「食べる」というチャンネルがない。
これだ。2人の決定的な違いは。
人は、たくさんのチャンネルを切り替えながら、日々生活していると思う。
家事するチャンネル
仕事するチャンネル
遊ぶチャンネル
幼稚園に行くチャンネル
勉強するチャンネル
寝るチャンネル
そして食べるチャンネル
私だって、家事するチャンネルじゃないのに、家事しなきゃいけない時の辛さったらない。
私は一応家事のチャンネルはあるけれど、さくらは食べるチャンネルがない。おそらく生まれつき欠落している。だから食べないのだ。いや、食べられないのだ。チャンネルがないから。
遊ぶチャンネルの中に無理やり「食べる」をねじ込んでいる。そりゃあ、食べられないよね………
私は泣いた
どうして食べないのと泣き叫んでしまったあの日。くしゃっと顔を歪めて泣き出す幼いさくらの顔。
ごめん。あなたのことを分かっているつもりで何も分かっていなかった。
食べないんじゃない。食べられなかったんだね。
辛かったよね……………
食べないを責めることは、もう随分前にやめたけれど、これからはもっとさくらの気持ちに寄り添おうと誓った。
彼女の中に「食べるチャンネル」ができるその日まで。
その日の夜、すみれを寝かしつけてから、いつものようにさくらと2人、布団の上で話していた。
さくらはママが大好きだ。好きすぎていつも一緒に居たい。5歳になった今でも、私一人でスーパーに行こうもんなら、号泣する時もある。パパはいるのに。
本当は幼稚園にもずっとママが居て欲しいようだ。理想はママが先生。笑
ママ、ママ、ママ………
時に煩わしく思ってしまうこともあるけれど、ママが大好きという気持ちは心底嬉しい。
ママにぴったりくっついて、ママを見て、ママに一生懸命話すさくら。色んなチャンネルがあるなら、今はきっと「ママというチャンネル」。
ふと、思った。
さくらは「ママというチャンネル」が大きいんじゃないだろうか?
そういえば……
現在、食べる時は、おもちゃで遊びたいというより、ママとお話ししたい。
赤ちゃんの時も、食べる時は、おもちゃで遊びたいというより、ママに抱っこして欲しい。
ということは、遊ぶチャンネルに「食べる」をねじ込んでいると思っていたけれど、
実は、ママというチャンネルに「食べる」をねじ込んでいる………?
「ママというチャンネル」の大きさよ……
何でこんなに大きいんだろう。
生まれつき?
食べるチャンネルは、生まれつきないのに?
いや、もしかして……
「ママというチャンネル」が大きすぎて、「食べるチャンネル」が入らなかった。
そうやって生まれて来たとしたら……………
母として、なんて幸せなことなんだろう。
なんて、愛しい我が子なんだろう。
憶測の域は出ない。それでも私の中の「さくらというチャンネル」が今日、大きくなったことだけは間違いない。
私に「さくらというチャンネル」をくれて本当にありがとう
温かく柔らかい手をそっと握って、私は目を閉じた。



