レストラン 望羊蹄
でハンバーグ定食堪能の後。


JR洞爺駅へ向かうバスの時間はまだ先だ。 









さきほどロープウェイで有珠山の山頂駅へ行ったとき、噴火火口は見えなかった。 どうしても見たい。 山の外観だけでなく、 まさにここから噴火した、 その火口を見たい。 見ることによって自然の威力を近くで感じ、 感じた何かが自分の体の中に入って、 これから生きていく上でのパワーを吸収できたら(他力本願)。








ロープウェイの頂上で聞くと、 洞爺湖温泉バスターミナルのすぐ横から上がっていけば、 火口近くまで行けるとのこと。 よっしゃ、 これだ。








ということで、 レストラン望羊蹄からバスターミナル横までずんずん歩みを進める。 すぐ着く距離だ。








まず、 洞爺湖ビジターセンター・火山科学館
を訪れた。 閉館時間(午後5時)がかなり迫っており、 結構気が急いた心理状態。










「火口が見える所まで歩いて行きたいんですが」




「往復約1時間半かかりますよ。 もうこんな時間ですし、 火山灰の道を上っていくので、 今日は雨が降った分道が悪いです」










結局あきらめた。 日が暮れて歩きにくい道を帰ってくるのは危険だ。










快く荷物を預かって下さり、 17時に戻って来られる範囲で噴火の痕跡を見ようと建物を後にし、 金比羅火口災害遺構散策路 を歩く。










写真は やすらぎの家。 説明看板によると、 元々は町営温泉浴場として昭和63年に建造され、 2000年の有珠山噴火の前年に改修されたばかりだったそうだ。 熱泥流が押し寄せた、 そのしぶきの痕跡が鮮明に残っている。 中もむちゃくちゃだった。














ワンコイン とげなしバラ子のお部屋で気軽に花ライフ-20131021









ビジターセンターへの帰り際、 散策路入口にいた係のおじさまと少し話をした。









「水蒸気爆発だったからねぇ」 とおじさま。




「これが溶岩が流れ出ていたら町はきっと全滅だったさ」








そっか・・。 水蒸気爆発だったんだ。


2000年噴火時に死者もけが人もいなかった ということが、 正直とても不思議だった。


水蒸気爆発だった ということが大きいのか。










とは言え、 有珠山はそれまでにも約30年に一度というハイペースで噴火を繰り返してきた。 将来も噴火が起こる可能性を見据え、 研究を重ねて来られた北海道大学の 岡田 弘 名誉教授 (”有珠山の主治医”)を中心に2000年の噴火を何と予知し、 地域の連携、 早期非難で犠牲者をゼロにできたのだ (有珠山ロープウェイちらし 『有珠山噴火物語』から一部要約・抜粋)。 日頃から地域住民の間で有珠山という火山をよく知る交流などが図られていたことも大きいのだと思う。 自然の力を前に、 地域の方々が一体となって構える姿勢を知りました。









単純に計算すると、 もしかしたら、 今までのペースから考えると、 2030年あたり、 また噴火するかもしれない ということになる。








「それでもここに住み続けられるんですか」  ストレートな質問をさせてもらった。 もし自分だったら、 おそらく別の場所に引っ越すと思うから。










「住むよ。 いきなりは噴火しないもん。 ゴーっと音がするとか、 前兆があるからね。 避難できるんだ。」









土地への愛着、 生活・・ そう簡単に他の場所へ移り住まない・移り住めない 諸事情、 気持ち、 思い。










自然の力を前になんもできないさ。 前兆があるから大丈夫さ。 そのおじさまのどんと構えたご姿勢は、 自然の持つ威力で修羅場をくくった経験ゆえのものだと思った。