鹿児島3日目 最終日
生憎の雨模様…
今日は特攻隊を学び感じる日…
ガイドをして下さるのは南九州市観光大使の山近義幸さん
最初は 花瀬望比公園
こちらは特攻隊ではなく大東亜戦争南方戦線
2本の石柱の間に見える方向がフィリピンです
派遣された約1万人の兵隊さんが亡くなられたという…こちらも忘れてはいけない悲惨な事実です
2箇所目は 万世特攻平和館
知覧ではなく万世飛行場から出撃、戦没した兵士も201名
仔犬を抱いて優しく明るい笑みを浮かべている少年飛行兵
この写真は『ほがらか隊』と言われてとても有名ですが…
17歳の少年兵とこの全員が出撃を2時間後に控えているとは思えない穏やかな笑顔の写真ですよね…
外には「よろずよに」と書かれた慰霊碑があります
知覧は武家屋敷もとても多く
昼食は武家屋敷で経営されている高城庵にて郷土料理を頂きました
3箇所目は 三角兵舎跡
跡地なのでもう三角屋根はありませんが…
半地下の木造建物で屋根だけが地表に見える特攻隊員の宿舎
薄暗い中で遺書などを書いたりして突撃命令を待っていた…
何故かこの場所に着いた時収まっていた雨がまた強く降り出した…そして高台から降りてきたら何故かまた雨が収まる…という…とても不思議な体験をしました…
4箇所目 戦闘指揮所跡
ここで根性の別れ水盃を交わし女学生や村人に見送られて飛んでいく…
最後は 知覧特攻平和会館
前日にお話を聞かせて下さった板津昌利さんのお父様 故 板津忠正さん
特攻隊として出撃しながらもエンジントラブルで徳之島へ不時着 その後二度の出撃も叶わず“特攻隊生残者”として戦後、強い信念で沖縄戦で散華された陸軍特攻隊員全員1036名の遺影と多くの遺書をたった一人で収集された方です
会館前には1036の灯篭と特攻の母と言われた鳥濱トメさんと「特攻隊生残者」として板津(旧姓 小椋忠正)さんの灯篭が並んでいます
知覧特攻平和会館には板津忠正さんが収集された1036の遺影と遺書が展示されています
ご本人も館長をされながら全国で講演もなさっていました
亡くなられた現在は 長男であられる板津昌利さんがお父様の思いを講演してらっしゃいます
鳥濱トメさんの「富屋食堂」は現在も「富屋旅館」として運営されてます
日本の明治維新から第二次世界大戦についてとても多くの学びを得ることの出来た2泊3日のField Campusでした
昔の偉人や戦争で命をかけて戦って守って下さった方々によって今の日本があることを学べて感謝しております
とても良い経験が出来ました
色んな思いを馳せて東京に帰ってきました
いつかまた鹿児島に行きたいな‼️