久しぶりに自分の書いた記事をみた。


誤字、文章がおかしいところ、いっぱいあり、


変な気持ちになってしまいました。



いつか読み返したら良いだろうと思って書き出したブログ。


少しまた書くかもしれません。

昨日からドライウエイト、つまり基礎体重のこと、が


500gアップした。したがって除水量が減ったので


血圧もさがりにくくなった。


しかし、今度は水分を取りすぎると


心不全になりやすい。


なんにしても心配は絶えない。


今日と言う日を大切に。


今と言う時間を大切に。



本日二日ぶりの透析が午後からある。


心配で手に力が入らない。


朝より天気が良い、それでも散歩に行く。


行きながら、また母はここを通ることが


出来るだろうか、など悲しく切なくなり


今度は息苦しくなり、自分の頭がおかしく


なりそう。予期せぬ音にびくつき、


息もおもぐるしい。


散歩もここをこういうふうに通ったら


今日無事に帰ると自分に言い聞かせるのも


切ない。


これを書いているのは今日何事もなく、


無事に帰っているから。そうでないと


もう書けなくなっている。


子供は今私が一番大切にしていることに


理解していない。これも悲しい。


あきらめる以外方法がない。



ついに娘夫婦と話す。


そうなんです、25kmぐらい離れたところに


すんでいる長女の夫婦。


過去二回の母の入院の見舞いもこない。


今こんな状況になっても来ない。


来ないどころか「見舞いに来るように強要している。」と


言って私を非難している。


「完全看護のところへ入院させないで、介護を強要している。


私も子供が大変なのに。」


まさか「強要」と言う言葉は想像していなかった。


さらに「三女に家に帰るように強要している。」とまで


言われた。


北の国からで「私に仕送りしない子供にはこの手作りの


風呂には入らせない」と言うせりふがある。


この娘に言うとどうなるのだろう。


もう話すこともない。この長女の考えでは


私は老人ホームに入れられのは必至だ。


残念ながら結論が出ました。


もう彼らと話すことはない。


話してもなんにもならない、いや話した結果で


結論がでた。

母が昨日透析から帰ると


様子がおかしい。すぐに救急車。


血圧低下、心房細動。


これで金曜日連続3回目です。


もう私も精神的に辛いものがある。


この危機を脱するためには入院が必要か。


もう透析日は私のこころの所在地がわからない


状態になっている。


姉が病院から帰ると言い出したら、母は


寂しいから帰るなと言う。


あーあなんとかならないものか。


きつい日々が続く。

先日、手羽モトを食べていたら口のなかに


なにやら硬いものが。手羽もとの軟骨か?


軟骨まで食べれるようにゆっくり煮たのに


おかしいな?と思い口の中を舌でさぐってみる。


どこからも抜けてない、やはり軟骨だったのか。


食後、口の左下のところが空洞に。


やっぱし歯だった。これを人に話すと


今治療しないと全部抜けるよと。


すこしづつでも治療をしたほうが良いと。


歯医者25歳ぐらいに行って今56歳行っていない。


大嫌い。口をあけとくのも嫌い。人に口を


触られるのも嫌い。歯医者の雰囲気も嫌い。


匂いも嫌い。看板を見るのも嫌い。


今も禁煙続いている。なんとか克服しそう。


今度は歯医者通い。これは克服するのには


ハードルが高い。誰か連れて行ってくれない????


???????????????????

昨夕、母は血圧の下降もなく元気に


帰ってきた。透析方法を変えたのが


良いのか、安心してきている。


今朝も寒かったが散歩に行けれた。


少し気持ちも落ちてけられたので今日の


昼はひさしぶりにカルバナーラとペペロンチーノ。


まずカルボナーラ用の細いパスタをゆでる。


その間にベーコンがないのでハムを切る。


ペペロンチーノ用に大蒜、ピーマンも細切り。


最初のパスタが茹で上がる前にオリーブ油とハムを


炒める。パスタを茹であがるとバターと混ぜる。


バターと混ぜたパスタをハムのフライパンに入れる。


そしてペペロンチーノ用のパスタを茹でる。


ハムといためながら牛乳をあびる程度にいれ弱火で煮る。


そして別のフライパンにオリーブ油、大蒜、たかのつめ炒める。


カルボナーラを皿に入れ卵の黄身と粉チーズを。パセリなし、


省略。忙しい。でも両方おいしーーーーーい。


二つのパスタと朝鮮漬けで食べた。レストランに行ったよう。


満足。

またもう少しで透析に出かける。


ヘルパーさんと介護タクシーの連携で


上手にしてくれるだろう。


この二日間、水分もかなりおさえた。


排便も昨日しっかりとあった。


気になるのはよく寝ること。


気持ちよいから寝ると思うのですが


それはそれで心配。


今日、夕方また心配しながら無事の帰りを


待たなければならない。


いつ病院から連絡あるのかも気がかり。


情けないようですが一人で待つのは苦手です。


誰かいてくれればいいのですが、、、、、、、、、。

昨夕5時15分、透析終了していると思う。


今のところ病院から何の連絡もない。


これから介護タクシーで帰るか、血圧が


下がって様子をみているか。


時計を何度も見る、進まない。


だんだんと何も手につかなくなる。


それでも母の部屋を暖かくして、玄関の電気も


つけていつ帰っても良いようにしておく。


6時。いつもならこの時間に帰ってくる。


6時3分、介護タクシーに電話をいれる。


「あー、いつもお世話になっています。


今、そちらのほうに向かって帰っています。」


涙がにじんできた。今度はあふれてきた。


母かえる。玄関口で車イスに座っている母のくつを


脱がそうと待ち構える。


「ただいま。」と母からの言葉。まだ玄関に入る前からの


言葉。いつもなら私が;お疲れ様:と声しても、弱弱しい


返事しかないのに。母も帰れたことに感動と喜びを


感じている。ベッドに休む。


;落ち着いたらご飯食べよう。今日はにぎりを買ってきている。:


「そうか。」と言った母の目に涙がたくさんたまっていた。

母の入院中の朝の食事。


7分湯にアスパラ数本に煮込み、


味噌汁少々。それに牛乳200ml。


驚いた。水分を500mlに抑え、


体重増加も2日で2KG以内を目指している。


排尿はまったくありません。


それが朝食に牛乳200mlとは。


医療の専門職である三女も


「ありえない。」と。


どうなっている?


さきほど透析にでかけた。


もう連絡帳に血圧低下でなかなか戻らなくなったら


一泊の入院をお願いした。


そのほうが私は安心できる。