高校2年・3年

 

普通に学校行って目標ないから、なんでも適当(*^^*)

 

自分の意思ほぼなく、面白そうなことはしてみるけどたいして面白くなくて、犯罪も多数。なんなら捕まっても良いと思ってたし

、死ぬことも怖くない感じ。本当なんでも良かった。

 

たまに母親と衝突してたけどそれすら別に・・・

理由もなく悪い事して、その時一緒にいる子が友達で・・・

 

家出してみたり、いろいろしてみたけど楽しかったって思い出はなく、勢いと若さと無知は怖いガーン

 

空っぽな2年間で、3年生の頃に中退しました( ;∀;)

 

当時は思わなかったけどこればっかりは理由がどうであれ母親に謝る「お母さんごめん」「本当ごめん」

 

これで私のが学生時代は終わり。

 

 

学生時代終了

 

 

 

 高校生

ここからは…

 

あまり内容が良くないことばかりなので…

 

あらすじ的にさっくり…

 

自分と向き合うために気持ちは思い出しながら書こうと思います…

 

 

父が亡くなったこともあり高校には入学しました。受からないと思ってたのに受かった( ;∀;)

 

高校1年の時は、とりあえず適当に母親とぶつからないのに必死でなんか可哀想だったしすぐヒステリックおこすしこの世で一番恐ろしいと思ってた。

反抗期1ぐらいの事が10ぐらいで身内に言われて私は悪者だった。いっつも…今考えると母親も父親がいなくなって小さい子供(弟)抱えて反抗期の娘かかえて経済的にもしんどくてメンタル崩壊してたんだなって思う。

 

ただ…当時の私は家の環境、宗教の周りの人達、みーーーんなに警戒してて気付かなかった。宗教の人に会えば「父親に会いたいでしょ??頑張ってしなきゃ」だの「母親が大変なのに自分の事ばっかり」だのもうねうんざりだった。そういえば…

自分の人生でかけがえのないものを失った時、がむしゃらに動いたりごまかして無理やり周りに心配かけないように振る舞うのはおすすめしない。

 

今誰かを失って悲しい人いるかな??

 

周りにいっぱい心配してもらって、失った悲しみと一緒に成長しないと向き合えなくなる気がするし無理に笑って「大丈夫」とか平気な顔してるとこの子はもう大丈夫って周りに伝わるから必然的に弱音はけなくなるし、自分が向き合えてない時は周りの言葉や言動に傷つきやすくなる。辛いときは辛い!泣きたいときは泣く!大丈夫??って聞かれたら大丈夫じゃない。助けて!!って発信しした方が良いニコニコそれで、いつまで泣いてるの??とか離れていく人は追わない。自分の事分かってくれてる人にたっぷり甘えましょう。

 

私は母親に、父が亡くなって4日後には学校に行けと言うわれたし、できるだけ普段通りにして、可哀想とか哀れんでほしくないと言うわれたから母親の希望を優先さしたけど、この時にしんどいならしんどいって言ってれば良かったとつくづく思ってます。

 

話が違う方向になってしまったけど…

 

高校1年生は母親・宗教・学校・友達全てにおいて悩みだった。早く家からでたい…これ一択。自立どうにかできないか??人生経験も正しい知識もない私は間違った方向ばかりに進んでいったと思います。

 

 

 

ニコニコありがとうございますニコニコ

 

ここまで、手を止めて読んでくださった方ありがとうございます。

 

人数が少なくても読んでくれた事に感謝です。

 

続けて書く気になるし、やる気でたニコニコ

 

 

ありがとう

 

 

お父さんへ

 

 

元気にしてる??私の事見てくれてる??

それとも本当に死んだら土になるの?!私はねなんだかお父さんはちゃんと見てくれてる気がする。守ってくれてる気がする。だから、今日は見てくれてると思ってこの手紙を書きます。

 

なんと私は30代後半になっちゃたよ。お父さんには3人の孫がいるよ。弟も、お母さんも元気にしてるよ。

あれから20年以上たっちゃった。今まで向き合わず逃げてばっかりだったから、手紙書くのは初めてだね。

 

聞いてて。今までずーっと言うわずに我慢してたから。

 

お父さんともっとたくさん話たかった。お母さんはお父さんが死んだとき私に「蒔いたものは刈り取る」って私に言った。私が学校行事に参加したら、宗教したくないって言ったから死んじゃったの?神様のばちがあったたの?聞いても誰も教えてくれないよ?

なんで急にいなくなったの。死ぬ前に宗教グループの頭から外れようとしてくれたでしょ?私と向き合うために。なのに何にも向き合う日まもなくいなくなっちゃたら後悔しかないよ。

こんな事になるなら良い子でいたのに…

ごめんなさい。許して。神様のバチならどうして死んだのはお父さんなの?私が悪い事したんだから私が死ぬべきだったって今でも思ってる。お父さんはみんなにとって必要な人だったよ。

 

ほんと寂しかった。今も話したいことだらけ…

相変わらずお母さんは宗教してるよ。お父さんは本当に宗教信じてた??今はそれすら疑問だよ。

ごめんなさい。私はどうしても宗教を信じれなかった。

 

親子としての時間をもっと過ごしてみたかったなぁ~

どんな感じだったんだろう??きっと今生きてたら全然別の人生だったと思うよ。子供たちすら存在してなかったかも。

でもねお父さん、もう過去は過去。そろそろ過去の私を許してあげたい。自分で自分の事許すのは変だけどお父さんも許して??宗教してない私を。ごめんなさい。

 

もし、宗教が本当で死んだ人と会えるチャンスがあったとしても私は会えない今の人生を進みます。もう後悔はしません。

だから、今度お父さんもお母さんも信じていないお墓参りにいって見ようと思ってるの。私は死んだら何もないって考えだけど結局残された人が死んだ人を思い出して気持ちの整理をする為のお墓参りだと思ってる。それをしないと前に向けないから。残された人達は…

 

お父さん私は私の人生を私らしく生きるからいつまでも見守っててね。

 

            

 

〇〇より

 

 

 

 

 

 

 

中学3年生

 

父の死は、生まれて初めてのことだらけだった。

救急車の中の空気、病院でする電子音、葬儀、火葬その他いろいろ。

救急車の中での出来事、葬式での出来事は断片的であんまり記憶にない。ただ、今は自分の身近な人の体調不良や救急車搬送以外はでないけど、この頃は救急車の音、友達が体調悪くなって顔色が悪い、それだけでもめまいや耳鳴り過呼吸、パニック障害のような事が身体に起きてたあせる

意識してなくても意識しすぎても身体にでるのです。不思議…

 

 

この頃は、しんどいとか思ってなくて覚えてることがあるとすれば…

 

死んだらドライアイスで体冷やすんだ、とか体温がなくなってだんだん冷たくなること、柔らかった皮膚が硬直していくこと…私ね自分の父親が死んだときそこに衝撃を受けてた悲しとかよりも、その変化が怖くて最後直視出来なかった。

これは今後悔してる。ちゃんとお別れ出来なくてごめん。最後触ってあげれなくてごめん。怖さに逃げてしまってごめん。ちゃんとお別れしなくてごめん。納骨もしてあげられなくてごめん。(現在、父の骨は父方のお墓にあります。母が父を宗教に引き込んだ時猛反対され、宗教をするなら勘当すると言われたそうで私は接点がありませんでした。父の葬式の時納骨する為に私の父方の祖父母が来ていた事は何となく記憶にあるので…)

 

あとは…

 

・宗教グループの人が近寄ってきて「お父さんが大好きだった書籍を一緒に入れて火葬してあげたいけど、死んだら土にかえるから私たちはできない。ごめん。本当にごめん。辛いよな?!」って泣きながら言われた。私この人は嫌いだった。父と2人で宗教グループの頭してたけど考え方が違うかったから、子供ながらに父にしんどいことは押しつけて、目立つとこは自分でするタイプに見えたから。だから何も響かなかった。(あの時泣いてたのは、あなたの言葉が響て泣いたのではなく、分け分からないけど悔しくて泣いたんです!!)

・病院から火葬場まで時間がたつたびに人がたくさん集まったのを覚えてる。父の人脈と偉大さは感じた。みんな父のために泣いてくれてたと思う。そして私を夜中に喫茶に連れていってくれた人もいた。それは今で覚えてる。ありがとうございました。

・父と母がしていた宗教にお葬式はなく告別式のみ行われた。そこにも沢山の人が集まったのを覚えてる。100人以上の人が集まってたな。今考えると私が死んでもこの人数は集まらないだろうし…本当にこの宗教の中では親しまれてて父の努力は多くの人に理解してもらえてた事は分かる。

・告別式で当然のようにいろんな人が泣きながら話かけて来てくれた「○○ちゃん頑張ってこの宗教してお父さんに会いに行こうね」とか、それに近い言葉を沢山………みんなほぼ言う事は同じだった。

(父が死んだことを実感したのはこの辺だったかも…ただただいない事。当たり前だった事がある日突然なくなると気づくのに時間がかかるみたい。まるでただ帰ってきてないだけとか遠くに行ってるだけとか)

 

 

 

 

 

  おわり

 

 

ここでちょっと死とは⁈的な

 

皆さんは死について考えた事ありますか??私は小さい頃の環境と父の突然の死によってよく考えてしまいます。

 

自殺願望だったり、自傷行為があるわけではなく…というよりはいろんな人の意見を聞いてみたい。

 

否定も肯定もないけど、どんな考え方があるのか知りたいニコニコあせる

 

変わってるなとか、怖いとか、なんで教えないといけないの?とかそんなの知ってどうするの??って思う人はスルーしてください。

 

例えば

 

死は恐怖とか…

死があるから一生懸命生きれる!!とか…

今まさしく死にたいです。とか…

 

なんでも。

命や死についての考えを聞いてみたいです。

 

普段周りにこんな重たい話はできないから、なおさら聞いてみたくてニコニコ

 

よろしくお願いします(^.^)

 

 

 

 

 

中学3年生

 

そんなこんなで前の記事で書いたように家族会議があったりしながら生活をしていました。

はじめて親の反対を押し切って学校行事に参加したり少しずつ自分の意思をだしていけるかもバランスがとれるかも?     そんな時でした…

 

ある夜一緒の部屋で寝ていた父親の様子がおかしい事に気づきました。(当時2段ベットを利用し家族4人で寝てました)   母と弟は実家に自身の親の介護に行っていたのでその日は私と父2人。

いびきがおかしい…

息がとまったようにいびきがとまる…

何か変…

とりあえずのぞいてみよう

2階のベッドから下りて声をかける…

おもらししてる…

なんか変…

どうしよう…

電話しなきゃ。救急車って何番だったけ。(なぜかいとこの姉にかけた記憶がある)

救急車何番だった?○○に電話かけないかんやろ。

そうだった。お母さんに電話かけな。

(一番に母親にかけなかったのはなぜか怒られる。って感情があったから)

母親に電話かける。「お母さん、お父さんが変なん…おしっこもらしとる」

そのあと近くにいた宗教の知り合いが来てくれて救急車を呼んでくれた。母親も帰って来た。

記憶はあいまいだけど母が何回もずーっと父の名前を呼んでたのだけは覚えてる…

(この時初めて母親が感情をおもっきり出してるのを見た気がした)

救急車の中病院でも…

私は何がおきてるのか分からなっかし、入院ぐらいだと思ってた…

まさかそのまま死んでしまうなんて…

本当に現実として受け入れる事ができてないままいろんな事が進んでいった…

 

 

 

 

今日はここまで

 

 

 

 

 

 

 

中学3年生

 

さて、私の中学3年生の時のお話…いっぱい残して置きたい事があるの…

沢山…

まとまりのない文章になるけど許してね…

現在30中半なのに未だに引きずって生きてるから…

さぁ書きましょう。

 

 

中学3年生の環境

父親・母親・弟・私4人暮らしで、熱心な宗教一家。父親は宗教で上を目指し母親はどちらかと言うと今で言う毒親。自分が一番正しいと思ってる。間違ってることも自分のいいように解釈するタイプなのです。

中学校3年になった頃私は初めて両親に自分のしたい事を伝えてみた。学校行事への参加…ちょうど高校をどうするかって話もでてきたから。

選択肢はこんな感じにっこり

 

① 高校へ行く

② 高校へ行かず宗教の道へ行く(いうわゆる宗教にもいろんな段階があり、次のステップへ進まないか?)てきなことだったと思う。

 

私の本音はね ①を選択してずーっとまわりとの違いにさらされるのが嫌で高校には行きたくなかった。②の選択の方が楽に思えた。なぜかというと親とその宗教のルールに依存すれば考えることも、孤独感も、周りと違っている事も感じなくてすむから。

てことで、親に「高校へは行かない」と言いました。理由は適当に親が喜びそうな宗教の話をして信じてもないのにすっぺらこっぺらと言った気がする。ところが父親から以外な返答があった。高校に行きなさいと。いがいだったし、この時まともに世の中のルールとやらを教えられた気がする。何回も家族会議がされる中ちょとだけ本心を伝えても大丈夫だと思ったのだろう…

目標がないこと、学校行事に参加したい事、普通の生活をしてみたい事を伝えてみた。

簡単に答えが出るものではなかったけど、何かは変わるかもと思ったのかも………

 

ここまでで、私思ったんだけど母親との記憶がほとんどない…2人であんなことしたなとか?

どんな人とかその当時考えたこともなかったけど厳しい人だった。なんでもこなせれる凄い人。母親と喋るのに緊張してた。

こんなとこかな。まだあるは、外面と家の中の面がすごく違ってたとか…

こんなものかな。。。

 

長くなりそうなので次のページで…

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学2年生

 

 

私の中学2年生と言うと思い出。うーんなんだっけ…

箇条書きになるかも。まいっか( ´∀` )( ´∀` )

今日はそんな気分なのです。

・この頃に人生初めて嫌いな先生にも良い先生にも一人ずつ出会った記憶がある。

あくまでも私の中で…嫌いな先生、良い先生だけどね。

 

嫌いな先生…私の宗教がそもそも嫌いで態度や言葉に出してくる先生だった。周りの友達に宗教の事がばれたくなかったのにわざと「なんで学校お前は来なくて良いの?」とか「当日学校行事に参加できないからお前は居残りでしろ」とかみんなの前で一人でダンス踊らされたりまぁまぁ偏見によるいじめみたいなのがあったけどその当時は悲しいとか辛くて泣いた感情もなかったので、本当に麻痺してんただしょうね( ;∀;)

 

好きな先生…宗教を理解してくれてて「先生は宗教嫌いだけどあなたの辛さは分かる。しっかり学校の勉強をして生活力をつけなさい。そしたら自分がしたい事もできるようになる」って言ってくれた先生。←当時は、勉強さしたいだけかと思ってたけど意味がある言葉だったと思うし、私別に相談もなーんにも言ってないのに見抜いてた先生!マジで凄いと思う。

 

・この頃の私は学校の授業はとりあえず受けて放課後部活終わって帰る。時間通りに帰らないと何処行ってたの?誰と会ってたの?学校にも直ぐうちの子帰ってませんって電話されたり、またこれがいかにも心配して電話した的な。今でいう洗脳のための監視だねあせるそういえば部活も運動部に入りたかったけど、毎週の集会に間に合う部活で日曜日に試合入っても宗教が優先できる部活にしなさいだったからめんどくさくて日曜日試合がなく集会に間に合いそうな部活入ってた。周りには「スポーツめんどくさいから」とか「汗かきたくないから」とか適当に嘘ついてた。遊ぶ人も制限されてたからプライベートで友達とも遊んだこと数えるくらいしかなかったしね汗

洗脳も監視も相変わらず凄かったけど、どうにかこっそりタバコ吸ってみたり、やんちゃそうな子に1本もらって…とか好きな男の子と一緒に帰ってみたりとかいろいろあがいてはいたかな汗うさぎ

やんちゃになりたいとかはなかったので1回やって面白くないことは次しなかったけど、興味はいろんな事にあったと思う。できなくても…ともかく思い切りはよっかたはず…これは私の性格だと思う。よく言えば思い切りが良い…爆  笑

 

 

中学2年生は思いつく事

こんなものかな

思い出すかもしれないけど

とりあえず終わり。

次は

いよよ中学校3年生へ…

私の人生が大きく左右した時期です…

素直に書き切りたい…

しんどくなったら途中でやめますあせる

 

 

 

中学1年生

 

 

中学生1年生の時………う~ん……あせる

相変わらず宗教活動やらに参加させられ…

あッびっくりマークびっくりマークびっくりマークびっくりマークびっくりマーク

懲らしめとやらでお尻鞭で叩かれる事はなくなったよ(これは怒られる事を隠す知識が自分にできたからチョキ)というより小学校6年生の時この時期に弟が産まれたのです。40代超えての出産とか子育てとかで弟に集中してたから、今まで母親、父親どちらも1点集中だったのが、ようやく分散された感じ。

 

そうそう

 

母親に「あんたが兄弟欲しいて言ったから命がけで産んだのに全然面倒見てくれんね。」

 

 

「歳が離れてても弟にヤキモチやいてるの??」

 

 

「寂しいの?両親もいて、弟もできてこんなに幸せな環境ないのに何が不満なの?」等よく言うわれていましたが、当時の私はそんな問いかけをされてる意味が理解できなかった感じ??なーんにも思ってなかった⁈嫌なこといっぱいで自分の意思は全て宗教からめて自分たちの考えに無理やりにでも強制される。意思をもつこと、意見することを諦めてたから、感情がマヒしてたんだと大人になって気づいたぐらいかな。

当時は気付かなかった笑い泣き

 

なので大人になって素直に答えると

 

「確かに兄弟欲しいとは言ったけど、それは小学校低学年ぐらいまでしか思ってなかった。面倒みても、全部あれが、違うこれが違うって言われたらやる気なくなって、面倒見ない選択をしたまで」

 

 

「ヤキモチはやいてなく…むしろ親の目が自分から離れてホッとしてましたが…」

 

 

「そういう事ではなく、何でもかんでも宗教基準でもはや親子の関係すら、躾すら宗教基準、宗教の本の通り過ぎて今まで(小1~中1まで)お互い本心でぶつかったことがありましたか??」

が本音です。

幼少期からとーても分厚い本を読まされてきたのと長時間椅子に座って話を聞かなければいけない事、ゴソゴソしても怒られて来た事が理由で…多分だけど…後づけと思うかもしれないけど…この頃から学校の授業を集中して聞く事、座って勉強する事、長文を読むことに拒否反応がでてどうにかごまかしてた。どうしても集中出来ない感じ。家で宗教の本はしないといけないからしてた感じだけど…

周りから見れば、勉強が出来ない(ただアホとかバカとかそんな感じ…)だと思う。当然当時は「勉強嫌い」「勉強苦手」「アホやから」この言葉ですましてたと思うし、今みたいに考える事はしてなかったから、自分でも気づかづに避けてたのだと今だから分かる。

そんなこんなで中学1年生は以上。

 

つづく