健康は みんなのもの ~皮膚科医のブログ~

健康は みんなのもの ~皮膚科医のブログ~

     一口サイズの健康情報を
        日々発信いたします
           病気で苦しむ人が
              いなくなる日まで

◆「しろなまず」とは?

「しろなまず」という病気を知っていますか?
皮膚の一部が白くなる病気で、
正式名称を「尋常性白斑」と言います。

黒人であるマイケルジャクソンの肌の色が、
どんどん白くなっていったことで有名になった病気です。

若い人に多く、100~200人に1人が、この病気にかかると言われています。
決して珍しい病気ではないことが分かります。

 



◆なぜ白くなるの?

「なぜ白くなるのか」の前に、黒人や黄色人種は、なぜ、

肌の色が黒や肌色をしているのかを考えてみましょう。


肌の色はメラニン色素の量によって決まり、メラニン色素が多いほど肌は黒くなります。
メラニン色素は、表皮にいる「メラニン細胞」の働きによります。


 

メラニン細胞の役割は、メラニンを作り、それを周りの基底細胞に与えるのが任務です。
黒人も黄色人種も、メラニン色素の色に大差はなく、

 

その量に違いがあるため、皮膚の色が異なるのです。
ちなみに、白人はメラニン色素がありません。

さて、白斑の人はなぜ白くなるのかという疑問ですが、

T細胞という免疫細胞が、メラニン細胞を攻撃しているためと考えられています。


本来、T細胞は外から侵入した悪い物質を退治するのが仕事なのですが、

誤動作で大事なメラニン細胞を攻撃してしまうのです。

◆ワルがワルをやっつける

尋常性白斑は治りにくい病気ですが、悪いことばかりではありません。
「がんになりにくい」というデータがあります。

皮膚がんになる確率は、白斑のない人の3分の1以下であり、

他のがんにもなりにくいと言われています。
なぜなのでしょうか。

誤動作を起こしたT細胞が、がん細胞をやっつけてくれているのではという仮説があります。

学校で札付きのワルの生徒が、他校から荒らしにやってきた不良生徒を

やっつけてくれるようなものでしょうか。

参考文献
1)尋常性白斑診療ガイドライン策定委員会:尋常性白斑診療ガイドライン第2版2025,2025:135:485-525

 

「髪の毛針」という技を知っていますか?
鬼太郎が髪の毛を針のようにして飛ばす技を言います。

 



これは漫画やアニメの世界だけの話ではありません。
髪の毛が皮膚にトゲのように刺さる病気があります。

散髪屋さんに多いのですが、指の根元に、ニキビのようなものができます。
それをほじってみると、中から長さ2~3mmの髪の毛が出てくるのです。

稀ですが、足の裏にトゲが刺さったと思ってほじってみると、

中から髪の毛が出てくることもあります。

「たかが髪の毛、されど髪の毛」ですね。

「ヘルスケア」「メンタルケア」「スキンケア」
日常で「ケア」という言葉を聞くことがありますが、

「ケア」とはどういう意味でしょうか。
医療・看護・介護の分野で使われる「ケア」について考察いたします。


◆キュアとケア

「ケア」に対する言葉は「キュア」であり、これは「治療」を意味しています。
「キュア」は「治療」と訳されますが、「ケア」には適当な訳語がありません。
「キュア」と「ケア」の立ち位置の違いを比べてみましょう。


◆キュアの基点は「健康な人」

「キュア」の基準(基点)は「健康な状態」です。
「病気」は基点から逸脱した状態であり、異常ととらえます。

「病」から「健康」へ、原状回復させるのが治療と言えます。
病気で病院に訪れるのは、「元どおりになりたい」と願ってのことでしょう。

壊れたパソコンの修理を依頼するように、元の健康に戻ればいいのですが、

そんなわけにはいきません。
医療は壊れた物を修理するような単純なものではないでしょう。


◆ケアの基点は「老・病・死を抱えた人」

人間とはどんな存在でしょうか。
仏教では「生・老・病・死」と教えられています。
人間は、おぎゃーと生まれ、生きていますが、

生きているということは老いているとも言えます。


1日生きたということは、1日老いたということです。
1年生きたということは、1年大きく老いたことになります。

老いにつきものが「病」です。
車も新車は手がかかりませんが、5年を過ぎると

ブレーキやバッテリー、ワイパーなど、交換や修理が必要になってきます。


人間も40歳過ぎると、あっちが悪い、こっちが悪いと、病気が出てきます。
そして、悲しいことに、残念なことに、恐ろしいことに、「死」を迎えます。

その苦しみの解決に迫ろうとするのが「ケア」です。

「ケア」の対象は「老いと病と死を含んだ生」です。
言葉を変えると「老いて病になって死にゆく人生」と言えましょう。

「老・病・死」という問題を抱えて生きる人間の、

「抜苦与楽」を教えた書が『歎異抄』なのです。

 

『歎異抄』という書物に書かれている「抜苦与楽」について考察しています。
「抜苦与楽」とは、「苦しみを抜いて、幸せを与える」ということです。

私たちは「苦しみたくない、幸せになりたい」と願って生きています。
その願いを達成するためには、まず、「苦しみ」について知らなければならないでしょう。
私たちは、どんなことで苦しんでいるのでしょうか。


◆氷の地獄

友だちが無い
家族が無い
話し相手が無い


これらは
「無い苦しみ」と言えるでしょう。

テレビやスマホで、面白いシーンがあったとしましょう。
話し相手が入れば、「これこれ、見て見て」と、その場面を共有し、面白さが倍増します。

自分一人だと「ムフッ」と笑うだけでしょう。
いや、笑ったのかどうかも、自覚がないでしょう。

高齢化が進み、独居老人の増加が社会問題になっています。

孤独の苦しみは氷のように冷たく感じるので、「氷の地獄」に例えられます。



◆火の地獄

人に囲まれていれば、幸せと言えるでしょうか。
自分の思い通りになる人がそばにいてくれれば快適でしょう。
しかし、人間関係、そんな訳にはいきません。

「人生の苦しみの多くは、人間関係の苦しみ」と言われます。

職場の部下、同僚、上司、ママ友
夫、妻、親、子供など、
人間関係の苦しみなどないという人は珍しいでしょう。

「自分の思い通りに動いてほしい」と願っている人が集まるのですから、

うまくいくはずがありません。
「あの人がいるために苦しんでいる」という嘆きの声であふれています。

これらは
「有る苦しみ」と言えます。

あの人の、あの言動は絶対許せない
あの人の顔も見たくない、声も聞きたくない
あの人がいなくなってくれたら


心が火のように熱くなり、その怒りで苦しむので「火の地獄」に例えられます。



◆有無同然

人間一人は淋しいですから、人肌が恋しくなり相手を求めますが、

人がいるとうっとうしくなります。


「淋しい」と「うっとうしい」を行き来し、

「氷の地獄」と「火の地獄」を行ったり来たりするのが人生ではないでしょうか。

仏教で「有無同然」という言葉があります。

有る人も、無い人も、同じく苦しんでいるという意味です。

人間関係で悩んでいる人は「有る」苦しみ、孤独の人は「無い」苦しみ。
いずれも地獄に違いありません。

有っても駄目、無くても駄目。
どうすれば幸せになれるのでしょうか。
それについて教えられているのが『歎異抄』です。

参考文献
1)高森顕徹『歎異抄をひらく』,1万年堂出版,2008年
2)高森光晴、大見滋紀『歎異抄ってなんだろう』,1万年堂出版,2021年

◆死の問題

「死ぬほどつらい」
と言われるように、「死」は人生で最も苦しい出来事です。

生まれた人は必ず死にますので、

死と関係のない人は一人もいません。

こんな大問題を抱えて、すべての人は生きています。
これを「後生の一大事」と言います。

この一大事を、多くの人は「一大事」と思っていません。
なぜでしょうか。

「死の問題」が美化されてるからでしょう。

死があまりにも恐ろしく、とても直視することができないため、
人間は防衛反応で、死を美化するのではないでしょうか。


◆故人を美化する

災害や、思いがけない事件に巻き込まれ、若くして命を失う人があります。
そんなとき、被害者は生前はこんないい人だったと、

その人の人となりが報道されることがあります。

「野球チームに顔を出し、子どもたちにコーチをしていたんですよ」
「あの人が職場にいるだけで、職場に花が咲いたように明るくなるんです」
「思いやりのある人でね、困った人を見て見ぬふりのできない人だったんです」

そんな報道を見たり読んだりして、惜しい人を亡くしたなと思うのと同時に、

これだけ国民に惜しまれたのだから、被害者の家族も、少しは救われるのかなと思います。

ところが、被害者の家族が、次のような意外なコメントをしていました。

「こんな報道、やめてほしい。私たちが喜ぶと思っているのだろうか」
「故人のことを何も分かっていないくせに」
「私たちの願いは、二度とこのようなことが起きないようにしてほしいとこと」


故人を美化することによって、事件の深刻さを和らげようとしての報道かもしれませんが、
家族と第三者とでは、受け取り方に大きな違いがあることが分かります。

 



一切の装飾を取り除かないと、死の本質は見えてきません。
死と真正面から取り組んだ書物が「歎異抄」です。

参考文献
1)高森顕徹『歎異抄をひらく』,1万年堂出版,2008年
2)高森光晴、大見滋紀『歎異抄ってなんだろう』,1万年堂出版,2021年

 

スピリチュアルペインとは、死に直面したときに感じる、

自己の存在と意味の消滅から生じる苦しみのことです。


「自己の存在と意味の消滅から生じる苦しみ」とは、どんな苦しみでしょうか。

◆自己の存在が無くなる苦しみ

おぎゃーと生まれてこの方、いろんな人と出会い、別れてきました。
「こんにちは、赤ちゃん、私がママよ」
という歌がありましたが、私たちが最初に出会った人は母親でしょう。
(本当は助産婦さんですが」

それから父に会い、兄弟に会い、友達に会い、配偶者に会いました。
会うだけではありません。
「会者定離」と言われるように、それらの人との別れがありました。
悲しい別れもたくさんあったでしょう。

しかし、出会いと別れを繰り返してきた人生、いつもそばにいた人がいます。
「自分」です。
あまりにも当たり前のことであるため、実感はないと思いますが、
私は「自分」と共に生きてきました。

嬉しい時に喜び、悲しい時に悲しんでいたのは「自分」です。

「死」とは、「自分」という存在が無くなることです。
生まれてから経験したことのない出来事です。


「死」とは、誰も経験したことのないことですが、

誰もが最期に経験することになります。
その時の苦しみがスピリチュアルペインです。

◆生きる意味が無くなる苦しみ

何をするのにも意味があります。
勉強するのは、何のため。
成績を上げて大学に入るため。

仕事をする意味は?
会社に貢献する 社会貢献 
お金を稼ぐ 家庭を支える

健康に気をつける意味は?
楽しい人生にするため
家族に迷惑をかけないため

しかし、「死」を目の前にして、

人生に何か意味を見つけることができるでしょうか。
 

「あなたの命はあと3か月です」と宣告され、

残りの人生に意味を見出すことができるでしょうか。

「なにもかも、終わってしまった」
「生きていても意味がない」


生きる意味を失った苦しみをスピリチュアルペインと言います。
こんな苦しみに沈む人を救う方法はあるのでしょうか。

◆プロは驚かない

以前、整形外科の専門医が語ってくれました。
「いろんな患者さんを経験し、もう、どんな患者さんでも驚かなくなった」

「どんな患者さんでも」とは、事故などで、ここには書けないような、
悲惨な状態になった人でもということです。

普通の人なら、見るだけで真っ青になってしまうような患者さんも、
その道のプロは冷静に診察することができるのでしょう。

「スピリチュアルケア」という言葉がありますが、

スピリチュアルペインで苦しむ人をケアすることを言います。
 

スピリチュアルケアを志す人は、スピリチュアルペインを恐れていてはプロにはなれません。
多くの人がひいてしまうような「死の苦しみ」に、

真正面から取り組んでこそプロと言えるでしょう。
 

「自律性のスピリチュアルペイン」の4つのキーワード
「自立」「生産性」「自律」「私秘性」について考察しています。
今回は「私秘性」についてです。


◆私秘性とは「秘密にできる」ということ

「秘密」と聞いて、どう感じますか?
私には秘密にしなければならない後ろめたいことはない、
と胸を張る人もあるかもしれません。
ところが、
人間が精神的に健康を保つには、「秘密」が必要なのです。

震災で多くの人が体育館に避難する事態となったとき、

「秘密」の重要性が浮き彫りになりました。


「家族以外の多くの人の目に四六時中さらされる苦しみ」
これは経験者でなければ分からないでしょう。

寝ている時、いびきをかいたり、よだれをたらしたり、おならをしたり、

すべて見られると思うと、心が休まりません。
そのため、段ボールなどによる仕切りが作られました。

しかし、夫婦喧嘩や親子喧嘩など、家族の会話は丸聞こえです。
「秘密がオープンにされる」そんな環境になって初めて、

「秘密」のありがたみが知らされるでしょう。

◆親密な間柄でも「秘密」は重要

震災などの特別な環境でなくとも、「秘密」がいかに大切か、例を挙げてみましょう。

親が、子どもの机の中や日記、郵便物を勝手に見たらどうなるでしょうか。
彼氏が彼女のメールや電話、交友関係を逐一チェックしたらどうでしょうか。
人間関係は破綻してしまうのではないでしょうか。


子供には子供の秘密があり、親には親の秘密がある。
夫には夫の秘密があり、妻には妻の秘密があります。

どんなに親密な間柄でも、「秘密」は精神衛生上、重要と思われます。

◆老いと病で秘密が明かされる

老いや病によって身の回りのことができなくなり、
人の手を借りるようになると、自分の秘密が脅かされます。
買い物をお願いするとき、恥ずかしくて頼めない物もあるでしょう。

〔例〕
スナック菓子、コーラ:不健康だ、と思われるのでは。
ダイエットの本   :今さらやせてどうする、と馬鹿にされるのでは。
白髪染め      :気にしているんだな、と思われたら恥ずかしい。
アイドルのCD    :いい年して、と見下されないか。

手術をした人は、温泉や銭湯をためらいますが、
手術の傷を見られたくないからでしょう。

預金をおろしてもらうと、預金の残高がばれてしまいます。
オムツは換えてもらうと、恥ずかしいことが他人にさらされます。

ある60代男性。入院中に病状が悪化し、おむつを履くことになりました。
男性はおむつ内に尿や便をしようとせず、「トイレに連れて行ってくれ」と叫び続けました。

汚れたおむつを換えてもらうなど、そんな恥ずかしいことは耐えれなかったのでしょう。

●ボロ家でも、不自由でも、わが家がいい

介護の必要なお年寄りに、施設の入所を勧めます。
「一人で入浴すると危ないです。施設だとお風呂に入れてもらえるし、
 食事も作ってもらえる。掃除もしてくれます。入所しませんか。」

しかし、喜んで施設に入る人は、滅多にありません。

介護を受けることは有り難いことですが、「知られたくないこと」が
明るみになってしまいます。

自宅では、トイレが間に合わずに下着を汚しても、自分で始末できましたが、
施設では、それが知られてしまいます。

ボロ家でもいい、不自由でもいい、自宅で過ごしたいと願うのは、
施設では、自分の持ち物や行動が、知られてしまうということが
理由の一つでしょう。


知られたくない自分が、さらされてしまう苦しみ、
これが、自律性のスピリチュアルペインです。

 

「自律性のスピリチュアルペイン」の4つのキーワード
「自立」「生産性」「自律」「私秘性」について考察しています。
今回は「自律」についてです。


◆自律とは自己決定できること

「自律」と似た言葉に「自立」がありますが、どこが違うのでしょうか。
「自立」とは「自分でできること」

「自律」とは「自分の行動を自分で決めれること」と言えます。
自分の生き方を自分で決めることができる、これが自律です。

小学校に入って友達を作りましたが、「あの人と友達になりなさい」と親から強要されなかったのではないでしょうか。
中学校で部活を選びましたが、「この部活に入れ!」と強制されなかったでしょう。
進学するか就職するか、どの大学に進学するか、自分の意思で選んだと思います。
職業の選択も、結婚相手も、憲法でも保障されているように、自由に選択できたと思います。

人生におけるいろいろな選択は、制限を受けながらも、

比較的自由に選択できたのではないでしょうか。
「選択の自由」「行動の自由」が自律です。

◆自律が妨げられると

「自律」の対義語は「他律」であり、

他律とは辞書によると「他からの命令、強制によって行動すること」とあります。
他人から「~ねばならない(must)」「~すべき(should)」と強要されるのが「他律」です。

人間、老いと病によって、自分の体がコントロールできなくなってきます。

「選択の自由」「行動の自由」の自律が妨げられ、

「~しなければならない」「~すべき」と迫られるようになります。

「がん宣告」を受けると、心の整理のつかないまま、手術台に登らなければなりません。
手術を終えて一息つく間もなく、放射線治療、化学療法のベルトコンベアに乗せられます。
体はしんどく、心はパニックなのに、医者や家族から「治療しないといけないでしょう!」とせかされ、強要されます。

加齢により足腰が弱り、自分で身の回りのことができなくなると、

危険だからと趣味や外出を制限されます。
健康に悪いからと食べ物も制限されます。

転んで骨折した、火を使っていたのを忘れて鍋を焦がした等の失敗をすると、

「他律」はますます激しくなり、そに対して反論できなくなります。
そのうち施設に入れられ、自由はなくなってしまいます。

人は老いや病などによって、自分の体だけでなく、人生がコントロールできなくなってきます。
そのとき現れる深い苦しみを自律性のスピリチュアルペインといいます。

「病気の治療は自分で決めたいのに…」
「自分の行動は自分で決めたいのに…」
「自分の人生は自分で決めたいのに…」

 


1)村田久行、長久栄子『せん妄』, 日本評論社, 2014年

医療の目的は、相手の苦しみを無くし、幸せを与えることです。

 

人は老いや病気によって、さまざまな苦しみに襲われます。
苦しみには、体の苦しみ、心理的な苦しみ、社会的な苦しみなどがありますが、

それに付け加えスピリチュアルペインという苦しみがあると村田久行教授は述べています。

3つあるスピリチュアルペインの一つが「自律性のスピリチュアルペイン」ですが、

「自立」「生産性」「自律」「私秘性」の4つのキーワードがあります。
今回は「生産性」について述べたいと思います。


◆生産性とは「役に立つ」ということ

「生産」とは、「価値を生み出す」ことです。
田んぼや畑で農作業をすると、「農作物」という価値を生み出します。
工場で働くと、「家電や日用品」という価値を生み出します。
サービス業の人は「サービス」という価値を提供しています。
主婦は「家事」「子育て」という価値の仕事をしています。

「生産」とは、「働くこと」「家庭を守ること」とも言えます。
しかし、それができなくなる時が来ます。


◆職場にも家にも居場所がない

ビジネスパーソンは、「企業戦士」となって戦います。
「プロジェクトを成功させるぞ!」
「会社を大きくするぞ!」
「出世するんだ。あいつには負けたくない!」
「家のローンや養育ローンもある」

会社のため、家族のためと働いてきた人も、必ず定年退職ということがあります。
皮肉にも、一生懸命に働いてきた人ほど、心にポッカリと穴が開いたようになります。

《なかには、定年退職した後も、以前と同じように、
 毎朝会社に出勤する時間になると身支度を整えて出かけ、
 公園かどこかで時間を潰し、夕方帰宅するという、笑うに笑えない例もあるのです。
 これこそ、仕事が人生そのものと思っていた人が、
 会社以外に自分という存在を認識できなかった結果を物語っています》
1)

「仕事が人生」と突っ走ってきた人が、その役割を終えた時に知らされることは、

職場にも家にも自分の居場所がないということかもしれません。

◆空の巣症候群

役目を終えて、心に穴が開くのは男性だけではありません。

「子供、子供」と、子供を命にして育ててきた婦人ほど、

子育ての役割を終えたとき、放心状態となります。
子供が結婚して自分から去ったあと、うつ病になる婦人が多く、

「空の巣症候群」と名づけられています。

◆役割を失うとお荷物になる

「生産」とは、お金を稼ぐことや、子育てだけではありません。
町内会など、地域での貢献も生産と言えます。
生産とは「作る、与える、教える、育てる、守る」ことであり、

「人の役に立つこと」「社会に貢献すること」とも言えます。

しかし、老いや病によって、「役に立たない」「貢献できない」時がきます。
「生産できない」とは「役に立たない」ということであり、

その時、自分が「お荷物」と思えてきます。


役割を失い、生産性がなくなったときに襲われる深い苦しみを自律性のスピリチュアルペインといい、具体的には次の言葉となって表れます。

「何の役にも立たない。人の負担になって迷惑かけて生きているのがつらい」2)

 



1)高森顕徹監修『なぜ生きる』, 1万年堂出版
2)村田久行、長久栄子『せん妄』, 日本評論社, 2014年

◆自律性のスピリチュアルペイン

村田久行教授は、体の苦しみ、感情の苦しみ、社会的な苦しみのほかに、

スピリチュアルペインという苦しみを提唱しています。


スピリチュアルペインとは、重病になったり、死を目の前にした時に出てくる、

今まで経験したことのない苦しみです。

スピリチュアルペインは、時間性・関係性・自律性の3つに分類されますが、

今回は自律性のスピリチュアルペインを取り上げます。
自律性のスピリチュアルペインについて、村田氏は

「自立」「生産性」「自律」「私秘性」
4つのキーワードを挙げています。


◆自立から不能に向かう

「自立」とは、他人の助けを借りずに「自分でできること」をいいます。
人間は生まれて成長するにつれ、「できること」が増えてきます。

ハイハイしていたのが、歩けるようになり、走れるようになります。
学校で学び、社会に出てお金を稼げるようになります。
これが「自立」です。

「自立」の反対は「不能」です。
「できること(自立)」が増えてきた人生ですが、

老いと病によって、「できないこと(不能)」が増えてきます。例えば…

耳が遠くなり、目が薄くなり、物覚えが悪くなり、忘れっぽくなります。
しゃべるのが遅くなり、歩くのが遅くなり、頭の回転が遅くなります。

生きるのに最低限の「食べる」「排泄する」ことさえも、

「自立」から「不能」に向かって進行します。例えば…

食べ物をこぼすようになり、上手に飲み込めず、むせるようになる。
トイレに間に合わなく漏らすようになり、そのうちトイレに自分で行けなくなる。


◆不能と依存が苦しみを生む

「不能」になったとき、他人の助けを借りなければなりません。
これが「依存」です。
食事や排泄も、他人に「依存」するようになります。例えば…

食事を作ってもらい、食べさせてもらうようになる。
おむつが必要になり、おむつの交換もしてもらうようになる。
入浴介助が必要になる。


自分でできなくなること(不能)が増え、他人の手を借りること(依存)が増してくると、

「自分には価値がない」「生きる意味がない」という苦しみがでてきます。
これが自律性のスピリチュアルペインです。

               (つづく)



1)村田久行、長久栄子:『せん妄』,日本評論社川島書店,2014