こいつら加害者は、注意深い。
いつでも、『そうは問屋が卸さない』と疑いの目で見る。
最初であった時に例えば、ただただ純粋に親切に声をかけたりしたことも
全然関係なく、その純白な気持ちを引き裂くように、その時の言葉を
繰り返して、仄めかしにしたりする。
何にも知らないこれから被害者になるであろう人が、加害者に同情して、
例えば『辛いけれど、頑張ってね』なんていえば、それを、仄めかしの
材料にする程の人たちなんである。
そんな人だからこそ、相手の親切なんて信用していないし
何かの罠であると解釈する。
先日の、ビップルームでもそうだけれど、
一号室の二人はこんな風に言っていた。
『人殺しなんてたいしたことでないと思っている。』って。
だから、そう。母のことを仄めかされたけれど、この人たちの冗談ではない、
あり得るでしょうね。大人でも子供でも殺す、そんな人格の人たちだから。
そう、殺人鬼だから。いつ、何をされるか分からない。
そんな人たちと共存している一般市民。
普通ならば、『まさか、あの人も人の子』って思うんだと思う。
確かに、最後の一歩を踏み込んでしまえば、『永遠の負けを意味する』ことを
薄々気づいているからなのか、そこに多少の躊躇はあるように見える。
人がどうなろうと知らないし、良心なんて無いに等しいから、怖いものなしだし、
確かに法律が存在したりするから、何が悪いのかは知っている。やばい状況は
察知できる。でも、その最後の一歩には、不思議なことに多少の躊躇がある…。
工作員は、あくまで捕まるとか、自分が不利になるのは嫌なんである。
自分が殺害をして手を汚さず、スマートに殺人を行っているつもりなのである。
じかに工作に加わる人間は、たいしたにんげんでもないでしょう。
風評被害をばら撒く人間は、それなりの魅力を兼ね備えているように見えるでしょう。
(でもそれは、多分、誰かさんのコピーかも知れない)
その魅力に騙される人は、知らずに加担してしまう。
この組織にはきっと、頭のいい人から、バカな人までそろっているんだろう。
顔立ちの整ったものから、障害を背負っている人まで、そろっているんだろう。
でも、きっと、基本的考え方は一緒。性根が同じなんだろう。
そして、自分が何より大好き
自分だけが、とても大好き!
ナナコやその周りにいる人間がこれから、どうなるか分かりません。
殺されることもあるでしょう。家族のみならず、不都合な隣人までどうなるか分かりません。
巻き込まれたくなくて、加担した人間も、どうなるか分かりません。
そんな人が、我々と共存しているんです。
きづこうよ!
そういえば、ナナコちょっと思ったんだけれど、この人たち、
ひょっとしたら、『市民運動団体』の存在は、急所に近いのかなぁ?