第二章~クラブ店員~
難波で暮らし初めて、クラブで知り合ったA君の実家へ良く遊びに行くようになった。
A君は某クラブで働いていたの仕事の話を聞いては、
「店員になれば毎日大好きなクラブに入り浸れる・・・」と簡単に考えていた(・Θ・;)
ミナミのクラブ求人情報を調べては電話をした。
ある一軒のクラブで面接を受けることになった。
店「じゃ、いつから働ける?」
私「(話早っ!そっこーやん)明日からでも大丈夫ですよ」
店「じゃ、明日から黒のシャツかなんか着てきてね」
私「分かりました。」
あたしの時代キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!
クラブを出た瞬間思わずガッツヘ(゚∀゚*)ノ笑
こうして私はクラブ店員になった。
瞬く間に日々は過ぎ、初めての給料と今まで親戚からもらって貯めたお金で、
A君のママから紹介してもらったブリーダーから犬を買った。
朝帰宅→夕方ぐらいまで寝る→仕事
まだ子犬だった頃の愛犬には本当に可愛そうなことをした。
子犬だから甘えるのは当たり前、おしっこだって外すのは当たり前なのに
酔って帰ってくる私を見ては尻尾がちぎれるんじゃないか位の勢いで喜んで
愛犬に対してまた外してるやん!!とぶち切れ、放置。
あの時は自分が遊びたいことに必死で、犬を飼う資格なんかなかった。
今まで病気ひとつせず、無事に育ってくれたことに感謝まじありがとう。
昔は本当にごめんね。これからも元気で、大好きな散歩に行こうね。
それからしばらくして、クラブだけではお金が続かないことに気づいた。。。ヽ(;´Д`)ノ
仕事場の先輩H君に仕事を紹介してもらった。
当時まだアンダーグラウンドだった「インターネットカジノ」
時給も良いのでそこで雇ってもらった。
プロローグ~TATTOOとの出会い~
肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)と言う言葉を知っていますか?
肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)とは、外傷後に、創面 を修復しようと出来た線維組織が過剰に産生され、
いわゆるミミズバレ状の傷跡(瘢痕 )が、長期にわたり残存する状態をさす。
by Wikipedia
2008年6月、私はある手術をきっかけにこの傷跡が残りました。
全ては手術から4年前のこと
当時16歳の私は高校を辞め、遊びたいが為田舎から大阪へ・・・。
夜はクラブ、昼は親戚の家で万年床。
今考えると1ヶ月間とはいえ、そんな私を追い出さずお小遣いもくれて、
家においてくれた事を本当に申し訳なく思います(゜-゜)ww
(今も仲良くしてくれていますw)
そんな生活を続けていた時、たまたまクラブに居たTATTOOの入っている人に声をかけられ、
TATTOOの格好良さ、その人が語っていた絵柄の意味に衝撃を受けました。
私には墨汁を使い自分で書いた元彼の名前が右腕にあった為「ああ~めっちゃ意味ないしキモイやん↓」
とただただ後悔していました。
次の日、市内のとあるスタジオに私は行き、TATTOOを入れました。
最初は5センチぐらいの蓮の花のTATTOO。
周りの友達に自慢し、私もそのTATTOOを誇りに思っていました。
そこから私のTATTOO依存が始まりました。
1ヶ月もすると、もっと親戚を気にせずに外で遊びたい!とわがままな考えが出てくるようになり、
私は親戚の家を飛び出すように出て行きました。
母が大阪に来たとき、一緒に家をみつけ、難波で一人暮らしする事になりました。
