1番最初、就職したのは
20歳の春
とある市では有名だった
地元の美容室だった。
実家が美容室を経営していた家庭で
育った私は、長女と言うこともあり
親の事業を継ぐように小さいころから
無言の圧力がかかっていた。
美容師ではなく違う仕事に就きたいなんて
とても言えない家庭の雰囲気。。。
渋々、美容学校にいき、免許をとり
親の敷いたレール一直線。
親のコネで入った美容室に就職し
親が家賃から携帯から保険から全て払ってくれていた。
何不十分なき生活
でも、ここにきて初めての反抗期が起こる。
やりたくない仕事一生してくのか?私は、、、
厳しい美容室だった。今思えば全く厳しくないけれど。
シャンプー試験受かるまで無給料。
審査は、アシスタント→トップアシスタント→トップスタイリスト→副店長→店長
全員のシャンプー試験で合格💮したら
初めてアシスタント(初給料)となる。
4月から就職だが、
シャンプー練習は3月くらいからもう行っていた。
4月中旬 やっとシャンプー試験に受かった。
しかし、なんか馬鹿らしくなってしまった。
なんで、やりたくもないのに
こんなこと毎日練習しなきゃいけないの?
有名店でもあって、みんなが就職したとこよりも
とってもカリキュラムが細かく厳しく感じていたのと、自分で決めた職場ではないので、全く誇りも愛情も職場に感じなかったのだ。
冷静な判断ができていれば分かるが
何百人と面接にくるような美容室だった。
今考えたら本当に素敵な職場だったとおもう。
しかし、全てが嫌になっていた。
新人歓迎会で、運動会があったり。。。
その為にアシスタントの練習のほかに
運動会の練習もある。
なんて無意味なんて思っていた。
団結力を深める意味なんて昔のわたしには
全くわからなかったし言われても全く心に響かなかったとおもう。
人間の集中力は1時間くらいしかもたないからというオーナーの考えで朝練も夜練も短かったのが救いではあった。
今はあんまりないかもだけど、私の20歳くらいは
社員同士で運動会、飲み会、売り上げいいスタイリストなどは海外旅行などそんなものがわんさかあった。
長くなるので明日へ続く。
20歳の春
とある市では有名だった
地元の美容室だった。
実家が美容室を経営していた家庭で
育った私は、長女と言うこともあり
親の事業を継ぐように小さいころから
無言の圧力がかかっていた。
美容師ではなく違う仕事に就きたいなんて
とても言えない家庭の雰囲気。。。
渋々、美容学校にいき、免許をとり
親の敷いたレール一直線。
親のコネで入った美容室に就職し
親が家賃から携帯から保険から全て払ってくれていた。
何不十分なき生活
でも、ここにきて初めての反抗期が起こる。
やりたくない仕事一生してくのか?私は、、、
厳しい美容室だった。今思えば全く厳しくないけれど。
シャンプー試験受かるまで無給料。
審査は、アシスタント→トップアシスタント→トップスタイリスト→副店長→店長
全員のシャンプー試験で合格💮したら
初めてアシスタント(初給料)となる。
4月から就職だが、
シャンプー練習は3月くらいからもう行っていた。
4月中旬 やっとシャンプー試験に受かった。
しかし、なんか馬鹿らしくなってしまった。
なんで、やりたくもないのに
こんなこと毎日練習しなきゃいけないの?
有名店でもあって、みんなが就職したとこよりも
とってもカリキュラムが細かく厳しく感じていたのと、自分で決めた職場ではないので、全く誇りも愛情も職場に感じなかったのだ。
冷静な判断ができていれば分かるが
何百人と面接にくるような美容室だった。
今考えたら本当に素敵な職場だったとおもう。
しかし、全てが嫌になっていた。
新人歓迎会で、運動会があったり。。。
その為にアシスタントの練習のほかに
運動会の練習もある。
なんて無意味なんて思っていた。
団結力を深める意味なんて昔のわたしには
全くわからなかったし言われても全く心に響かなかったとおもう。
人間の集中力は1時間くらいしかもたないからというオーナーの考えで朝練も夜練も短かったのが救いではあった。
今はあんまりないかもだけど、私の20歳くらいは
社員同士で運動会、飲み会、売り上げいいスタイリストなどは海外旅行などそんなものがわんさかあった。
長くなるので明日へ続く。