皆さんお久しぶりです。
なかなか投稿できずごめんなさい。
今日は、今月の頭にあった事を話していこうと思います。
私は12月の末から体調が優れず、風邪気味でした。
年が明けてからも体調が優れず喘息の発作が出たりとバタバタしていました。
精神的な辛さはその時は感じられず「大丈夫」だと思っていました。
ですが知らず知らずのうちにストレスや精神的に不安定になっていき、2月4日に、2週間分の薬貯めていた頓服などお酒で流し込み自殺未遂を計りました。
いつもなら、胃洗浄や、点滴などで処置をしてもらい精神科に入院でしたが、今回は合併症で肺炎と喘息になってしまい、意識が戻ると緊急救命センターの、ICUにいました。
もちろん呼吸のサーチも安定しておらず13日まで人工呼吸器の管と人工呼吸器で過ごしていました。
11日あたりからしか記憶が無いのですが、管が入っているのでとても苦しかったです。
もちろん、声は出ません。
話をする時は筆談でした。
1番辛かったのは喋れないこと、管が入っている違和感、痛み、痰が絡むのが辛かったです。
痰が絡んでしまうと咳き込み、管が入っているので咳もできず吸引してもらわないといけないんです。
また、その吸引もとても苦しく、痛さと辛さ情けなさで泣きました。
泣いても声が出ず、ただ涙が流れるだけ。
毎朝採血があり(血中酸素を調べる為)その採血も静脈から取れなかったらお医者さんに足の付け根の動脈から取ってもらうのですがこれもかなり痛かったです。
初めの方は足の甲とかから取っていたのですが血管が潰れてしまい、腕も血管がダメになり結局足の付け根で最後らへんは取ってました。
徐々に、人工呼吸器から、自発呼吸に切り替えるため、人工呼吸器からの酸素を減らしていき、自発呼吸を意識して管から自発呼吸をしていき、13日にやっと抜管(管を抜く事)する事が出来ました。
ただ、お医者さんからの説明で抜管後、誤嚥等で肺炎をぶり返すことがある事、サーチ(酸素濃度)が落ちていくとまた挿管する事があるという説明を受けました。
抜管したその日は声が出ず、唾液を飲み込むことも意識をしないと行けず、呼吸もなるべく意識をして、酸素マスクを付けてました。
その日も咳等で全く寝れず、サイレースをくださいと言ったのですが抜管後で、サイレースなどの睡眠薬は呼吸抑制があるから使えないとのことで1晩過ごしました。
次の日の朝、試飲テストをしてやっと念願のメイバランスのアイスを食べる事が出来ました!(抜管後にアイスが食べたいってずっといってたのでお医者さんが出してくれました笑)
今も、抜管して1種間ほど経ちましたが声はまだ戻りません。
ICUにいた時、看護師さんに未遂をしたことを怒られると心のどこかで思っていましたが、みんな、怒るどころか早くはなかちゃんの声聞きたい!ってみんな励ましてくれて本当にありがとうって思いました。
ICUでは、生と死の狭間でいる方が沢山いました。
その時に私は死ぬのが怖い。死にたくない。
と不思議と心の中で思いました。
辛くて苦しくて泣いたことも沢山ありました。
鼻から胃への栄養を取っていましたが、初めの頃はその食事さえも拒絶してました。
ですが死ぬのが怖いと思えるようになった時積極的になりました。寝返り等うつとき、できるだけ自分も動くように頑張ってみたり、看護師さんに支えられて、座る体勢に挑戦してみたりと、していました。
管が抜けた時、普通に呼吸が出来ること、食事を口から取れる事、歩けること、話せること全てが当たり前のように思っていましたが、とても有難い事なんだなぁと身に染みて思いました。
今回は長々とすみません。