西尾 大樹 パリでのおはなし。 -2ページ目

西尾 大樹 パリでのおはなし。

多くの人が想いをよせる芸術の都。そこで現実に生活をして感じること、考えさせられること、それから。。。


西尾 大樹 パリでのおはなし。
 かつては大きな中央市場があって賑わっていたというレ・アル(Les Halles)地区。

 市場が郊外のランジスに移った1970年代以降は開発が進んで、今ではパリのみ

ならず郊外からも若者たちがやってきて賑わう、パリで一番の繁華街になっている。 


 この日やってきたのは、そんな界隈にあって昔ながらの雰囲気をそのままに、ノル

マンディ地方の料理を中心に親しまれているお店、ファラモン(Pharamond)。

 
西尾 大樹 パリでのおはなし。
 創業1832年当時から修復を繰り返されながら今に至ったという店内は、そのまま

すべてがアンティークといった感じで古き良き時代を想像させてくれる。  手入れさ

れた白い髭を蓄えた紳士的な支配人にオーダーを告げると注文が来るまでの間、年

代物のランプや、壁のきっと手描きであろうタイルをじっくり観察・・・。 


西尾 大樹 パリでのおはなし。
 初めに頼んだのは僕の一番大好きなクリーム・スープ、クレーム・デュ・バリー(Crè

me du Barry)。 カリフラワーが好きだったというルイ15世の公妾、バリー夫人にちな

んで名付けられたというクレーム・デュ・バリーは、カリフラワーとジャガイモのポタージ

ュ・スープで乳製品の美味しいノルマンディのクリームやバターがカリフラワーの味を膨

らませるように引き立てている。 中でも特に厚みのあって口当たりしっとりしたものは、

ヴルーテ(ベルベットの意)・デュ・バリーとも呼ばれる。 

 
西尾 大樹 パリでのおはなし。
 本当は臓物を使ったお料理が名物なお店なのだけれど、たまに食べくなって頼んで

しまうのが揚げたてフライド・ポテトが付け合わされたタルタル・ステーキ。 牛肉の赤

身の部分をひき肉にして出される生の肉のお料理だけれど、こうして一手間かけて小

さな賽の目状に手切りにしてあると、お肉の味がより感じられて、いっそう美味しい。 


西尾 大樹 パリでのおはなし。
 おなかがいっぱいになってきたって、やっぱり食べずにはいられないデザートが来る

までの間、改めて店内を見回してみる。 入り口から奥のキッチンのほぼ中央に位置

する螺旋階段は限られた場所をうまく使っているだけでなく、緩やかなカーブがインテ

リアとしても目を楽しませてくれるのがいい。 丸型と花の形をしたランプがランダムで

ブドウみたいに集まった照明もお洒落だね!。 


西尾 大樹 パリでのおはなし。
 日本ではフレンチトーストの名で知られている、パン・ぺルデュ(Pain perdu)は塩の

利いたキャラメル・バターのソース、カラメル・ブール・サレで。 暖かいパンに、添えら

れた冷たいアイスクリームとソースを絡めて食べると思わずほっぺが緩む。 


 気兼ねなく思い立ったらすぐに入って食べれる、飾らないでいてお洒落なこんなお店

がやっぱり僕にとっては素敵なお店だなあ・・・。        


                                  パリ 1区 『PHARMOND』


西尾 大樹 パリでのおはなし。


                       『ヴェニスの水路』 


                           72・7×60・6cm 油彩 2000年作


    アドリア海に浮かぶ麗しき水の都を、潮の香りが優しく包み込む・・・。 


   一台として見かけることのない自動車・・・ 時を刻むことさえ忘れてしまったよう

   な町の中を、複雑に入り組む水路と路地・・・。 


   そしてゴンドラは水に揺れながら主人の帰りを待ち、優美な曲線を描くその漆黒

   の姿は見る者の心を不思議な感覚へといざなってゆく・・・。 


西尾 大樹 パリでのおはなし。
  『ダイキは信じるかわからないけれど、この辺りではね、ずっと昔、白魔術や黒魔

術の儀式が頻繁に行われていたんだって。 そのせいか、今でも私は不思議な力が

働いているのを感じることがあるわ・・・。』


 初めてパリから80キロほど南にある、人口1万3千ほどの小さな町、『Nemours』 

(ヌムール)を訪れた時、この町で生まれ育った女の子から、確かそんな風な話を聞

かされたことがある・・・。 


 魔術がいったいどんなものなのか、実際に見たことがあるわけではないから、それ

を信じるかと聞かれても、なんて答えて良いのかわからないけれど、一つ思うのは、

人が何かを強く念じたり、思ったりする時、確かに目には見えない何かが、現実の物

事に影響を与えている気は、しないでもない。 それを考えると、本当にそういったこと

が存在していたとしても、なにも不思議はないのかとも思えてくる・・・。


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 ヌムールの町の中心にあり、ロワール川に面するサン・ジャン・バティスト聖堂。

(l'église Saint-Jean-Baptiste) 


 終始日陰になっている側面には苔と葉が生えていて、古めかしさに化粧をしている

ようで、なんともいえない味がある。 色合いに魅せられ、それをたどるように上を見

上げると、目が合ったのは、町を見守るガーゴイル。 町の歴史を見続けてきた者。


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 帽子を片手に、重い扉を押し開け、聖堂の中へと入る。  誰もいない・・・。 

 

 他の聖堂や教会もそうであるように、巨大な石造りの聖堂内は、ひんやりと澄んだ

空気に満ちている。 そして、何より誰もいないことで物音一つしないのが、神聖な雰

囲気をさらに大きくしているみたいで、だんだんと緊張感が膨らんでいく・・・。 


西尾 大樹 パリでのおはなし。
 緊張感に息を飲み、ゆっくりと回廊を時計回りに、くすんだ色の宗教画やステンド・

グラスを見ていると、不意に視界の隅に人の立つ気配を感じた。 驚いて目をやると、

バラと十字架を胸に抱く、マリア様の像が優しく微笑んでいる・・・。 


 じっと見つめていると、今にも動き出して語りかけてきそうなマリア様の像。 なんて

綺麗なんだろう・・・。 少し、お祈りをしようかな。 ふと、そんな風に思って、帽子を脇

に挟むと、手を合わせて目を瞑った・・・。


西尾 大樹 パリでのおはなし。
 いったい何をお祈りしたんだろう・・・。 僕は、けっこう長い間、マリア様に手を合わ

せていたと思うけれど、目を開けるともう、なぜか何をお祈りしていたのかさえ、思い

出せなくなった・・・。 


 『あなたは、神様を信じていますか?・・・』 もしも今、誰かにそう尋ねられたとした

ら、僕は、なんて答えるだろう・・・。



西尾 大樹 パリでのおはなし。
 町を抜けるロワール川。 雨が続いていたせいか、幾分いつもより水が濁っている。


 ナディールに誘われて僕がこの町を初めて訪れた時、彼は、この川の水辺の壊れ

かけた小さな家に、どこからか拾ってきた、まだ小さな黒猫2匹と住んでいた。 アル

ファとオメガ、確かそんな名前だった2匹の小さな黒猫は、その後、大きく成長すると、

連れ立って静かにいなくなったらしい・・・。


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 そんなことを思い出しながら水辺で佇んでいると、川で水浴びをしている白鳥のうち

の一羽が、すぐ僕の目の前までやってきた。 こんなに間近で見る機会なんて中々な

いからと、挨拶をして、まじまじ観察すると、白鳥の翼の白さに思わず驚いた。

 

 白鳥だから白くて当然なんだけれど、こんなにも白いだなんて・・・。 白は白でも透

き通るような純粋な白に目を奪われていると、白鳥はまた、仲間たちのところへと静か

に戻っていく・・・。


西尾 大樹 パリでのおはなし。
 何度も一緒に展覧会をしたことのあるナディールは、彫刻家であり、画家であり、

そして僕の良き友でもある。 けして裕福とは言えない移民の子として生まれたナデ

ィールだけれど、貧しい生活の中でだって、生きることの意味や大切さを見出すこと

を忘れず、人としても芸術家としても、いっぱいの魅力に溢れている。


 『自由気ままに生きる。』  素晴らしいことだし、もしかすると、きっと誰もが一度は

憧れたことのある生き方かもしれないけれど、実際はシンプルでいて、やっぱりそう

簡単なものでもない。 そんな道を飾ることなく自分のペースで歩むナディールの姿

は、どこかに忘れてしまいがちな、『本当に大切なもの』、がなんなのかを、思い出さ

せてくれる・・・。 


西尾 大樹 パリでのおはなし。

 久しぶりに訪れたヌムールの町。 こうして人の少ない静かなところを歩いている

と、心の中が浄化されていくように、無心に近づくことができる。 そんな一見無駄な

ようでいて、大切な時間・・・。 


 またナディールに会いたくなったら、ヌムールを訪れよう。 その頃には、きっと暖

かくなっていて、この街路樹にも、たくさんの葉が生い茂っているんだろうな・・・。