皆さま、お元気ですか?
ご無沙汰しております。
実を言うと、自然災害に被災された方や予期せぬ事件・事故の被害者の方、あまりにも長く苦しい闘病生活を続けておられる方、そしてそのご家族のことを思うと、私が心に思うことなんて、すべてが薄っぺらく思えて、長らくブログから遠のいておりました。その気持ちに変化はないのですが、何だか書きたい気分になったので…書きます。誰かを不快にするようなことがあれば、許してください。
苦しみの渦中におられる方、理不尽な不幸に打ちのめされそうになっておられる方が、少しでも早く最悪の状態から抜け出せますように。
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マーシーが会見を開きました。
http://blogos.com/article/108149/子どもの頃、ファンでした、田代まさしさん。
だって、シャネルズの中で、ダンス、一番カッコ良かったですよ、ほんとに!とはいえ、あっという間にお笑いタレントみたいになったので、「この人、カッコイイ路線じゃないんだな」と私もすぐに気づきましたけど。
さて、今回の会見で、
「いろんなものを失ったと言ってましたけれども、もう二度と薬物に手を出さないと誓えますか? 」
と記者から訊かれ、
「はっきりと二度とやりません、ではなくて、一日一日、薬を使わない生活を重ねていきたいと思います」
と答えています。
「一日一日辞めて続けていく姿を皆さんに見せていく」
「ここで回復しましたってのはないから、一日一日積み重ねていくしか無い」
と、同じようなニュアンスのことを、会見中何度か言っています。
「今日の良い状態が明日も続きますように」の連続こそが幸福な人生と言えるかもなぁ、と私は思いました。
昨年、ガンの関連書籍や記事をいろいろ読みましたが、「ガンは治らない、
寛解の状態を一日でも長く続けていくことだ」とよく書かれていました。手術して腫瘍を取り除いたとしても、再発のリスクは消えない、だから、食事内容を含めた生活全般を改善し、それを持続していかなくてはいけない、というわけです。
糖尿病もそうです。医学的な治療や食事療法、運動療法などで、血糖値が正常値になったとしても、それは、糖尿病が治ったのではなくて、血糖値がコントロールされているに過ぎません。その状態を一日でも長く続けていくことが大切なのです。
ほとんどの病気が、一度罹患したら「治癒」ではなくて「寛解」を目指し、寛解したら今度は、その状態を一日でも長く続けていくことを目指すに過ぎないのです。
治らないのか…と落ち込む必要はありません。「治らない病気」とか言われると、何だか重い気分になりそうですが、考えてみると、「健康」というのも一つの状態に過ぎないわけで、たまたま未発症の、何らかの病気の要因を知らずに抱え持っているのかもしれないのです。そういう意味では、今、健康であっても、明日も明後日もその先も、一日でも長くこの状態が続くように願いながら生きていることに変わりはありません。
さらに言うならば、病気でなくても、どうにも負けてしまいそうなほどの人生の困難苦難に見舞われた時、ただひたすらこの苦しみが取り除かれることを願います。そしてどうにかこれを乗り越えられた時、この穏やかな一日が明日も続きますようにと祈ります。少なくともしばらくは、これで宝くじが当たれば最高なのになぁ、などと欲張ったり、あんな辛い目に遭ったんだから、もう今後は幸運の嵐に違いないなどと楽観したりしません。
思いも寄らない困難苦難に明日遭遇するかもしれないし、じわじわと気づかずに泥沼にはまって、ひと月後にはにっちもさっちも行かないことだって有り得るのだ。と言うのは少々大げさですが、人生の厳しさを体験すればするほど、深く思い知れば知るほどに、今日が穏やかで悪くない一日であるということが、ほとんど奇跡的なことだと感謝するようになるでしょう。何ということのない今日という一日を、心から幸せだと感じるようになります。
…な~んて、偉そうに言っていますが、おそらく多くの人が、もうとっくに実感している心境なのかもしれません。だって私、これまでに何度も読んだことがあるし、誰かがテレビやラジオやいろいろな場面で語るのを、聞いたことがありますから。でも私は、今ようやく実感しています。
今日が明日も続けばいいなぁ、明日も明後日もその次も、寿命が来るまで。
余分なものこそ無いけれど、どうにか「足りている」。ありがたいです。
私は今、そんなところにいます。