"信じても大丈夫な世界"を育てる
恋して旅するセラピスト 英らんです。

 

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恋して旅するセラピスト、人生初のぎっくり腰になる。
 

人生初のぎっくり腰になった。

5月中旬の土曜日の午後。


エアコン掃除をしようと思って、

台を床に置いた瞬間だった。

重いものを持ったわけじゃない。

ただ、

“置いた”

それだけで、


ピキッ!!!

「うっ!」


「えっ?」


「今?」

 

「やっちゃった?」


「うそでしょ?」

そのまま私は床に転がった。


いや、正確に言うと、

“転がされた”。

 

 

しばらくそのまま

 

動けない。

 


そして思った。

起き上がれない。

え?
人間って床からこんなに起き上がれない生き物だったっけ?

その時初めて知った。

「起き上がる」という行為には、
腰がめちゃくちゃ参加していることを。

**

ぎっくり腰あるある祭り、開催

そこから始まる、ぎっくり腰あるある祭り。

靴下、履けない。

洗顔、過酷。

パンツを上げるのに決意がいる。

お尻を拭くのも命がけ。

オナラすら響く。

くしゃみなんて、もはや恐怖イベント。

ぎっくり腰経験者たちが、
なぜ“壁に手をつく文化”を持っているのか理解した。

**

中年腰痛耐久レース、開幕

しかも翌日は、運転免許更新の予約を入れていた。

人生、なぜこういうタイミングだけ予定が律儀なのか。

ロキソニンテープをペタペタ貼りながら、

・1時間運転
・30分手続き
・1時間講習
・また1時間運転

という、中年腰痛耐久レースを開催。

 

過酷だった。

講習中は、

「この椅子から立ち上がれるのか」

それだけを考えていた。

**

「今日は休む」の敗北

そして翌日。

私は午前中だけ仕事へ行き、
「身体を休ませます」という理由で午後半休を取った。

完璧な判断である。

今日はちゃんと休む。
私は自分を労わる。



……はずだった。



しかし帰り道。

「家帰ったらもう外出る気なくなるし」

という理由で、

 

最近オープンしたドラッグストアへ寄った。

ぎっくり腰で半休を取った人間とは思えない行動力である。

しかも、いつも使っている日用品が安い。

安い。

安いって書いてある。

気づけば私は、カートを押しながら店内を巡回し、

「これも今買っとこう」
「どうせ使うし」

を繰り返し、

最終的にそれなりに重いカゴを抱えていた。

何をやっているんだ私は。

でも今ならわかる。

あれが、

“治りかけボーナスタイム”

だったのだ。

ぎっくり腰界隈で有名な、

「ちょっと良くなると急に活動したくなる現象」

人類は痛みが7割減ると、完治した気になる。

**

実は、ずっと疲れていた

しかし今回、

私は気づいてしまった。

実は身体、

ずっと前から疲れていたのだ。

右肩50肩。

やっと回復してきた春。

私は4月を“大掃除月間”にしていた。

長い時間止まっていたものを整えたかった。


暮らしを前に進めたかった。

そして、遠距離恋愛。

片道6時間。

バス、新幹線、電車を乗り継ぎ、
「会いたい」の気持ちだけで移動していた。

楽しかった。

嬉しかった。

でも、

“楽しい疲れ”って、気づかない。

好きな人に会うためなら、
人は案外、無理ができる。

さらに最近は、

物価高、政情不安、品不足。

世の中全体が、

なんとなく緊張している。

私は知らないうちに、

ずっと身体を固めていたみたいだ。

**

「ゆるめる」は贅沢じゃない

そういえば、

大好きだったアロマトリートメントも、

半年くらい我慢していた。

本当は受けたい。
身体をゆるめたい。

でも、
「今は贅沢かな」
って思っていた。


だけど今ならわかる。

あれは贅沢じゃなかった。

“必要な時間”だったのだ。

 


ちなみに、

 

エアコン掃除はまだ終わっていない。

あの台も、

あの日のまま床に置かれている。

私はその戦場の痕跡を見るたびに思い出す。

あの隣で、しばらく動けずに転がっていた自分を。

**

身体は、楽しい無理もちゃんと見ている

身体は正直だ。

心では、
「まだ大丈夫」
と言えてしまう。

好きな人に会うためなら、
人は案外、無理ができる。

楽しいことのためなら、
なおさら気づきにくい。

でも身体は、
ちゃんと全部わかっている。

疲れていたことも、
力が入り続けていたことも、
ずっと“気を張っていた”ことも。

今回のぎっくり腰は、
たぶん身体からの強制ストップだった。

「ちょっと休んで」

「そろそろ、自分を後回しにするのをやめて」

そんな声だったのかもしれない。


恋して、
旅して、
誰かを癒しながら生きるなら、

まずは自分の身体を、
ちゃんと安心させてあげること。

2026年の春。

私は床の上で、そんなことを学んだ。

**

ちなみに現在はかなり回復しております。

まだ少し鈍い痛みや違和感はあるけれど、
普通に歩けるし、

なんなら小走りもできる。

人類の腰は、
思ったよりちゃんと回復するらしい。
 

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