ブログからだいぶ離れてしまっていました。

私はというと、変わらず元気で過ごしていますルンルン

 

このブログは、私がまだ

誰からも〝お母さん〟と呼ばれていた頃から

育児日記として書いていたものが発端でしたが

いつしか、その後の方がずっと長い時間が経過し

ブログからもしばらく離れてしまっていました。

 

さてさて…私はというと

面会交流支援団体が、昨年、一般社団法人になりました。

そして、代表理事を他の方にお願いをし

私は表の顔は事務局&支援者

はたまた、裏の顔は仕切り役のボスとして

変わらず忙しい日々を送っています。

最初は面会交流と家族相談をしていましたが

今では子ども食堂・居場所作りや、フードパントリー、

DV経験者の集いなんかも行い、

困難を抱えた家族を、

トータルで支えていくような支援をしています。

野望は更に広がり、

いつしか夜の居場所作り(駆け込み寺)もやりたいな…

なんても、ぼや~っと考えています。

 

昨年のニュースとしてもう一つ

本職として働いていた会社の部署がなくなるということで

突然のクビびっくりマークなんて事もありましたが

まあ、なんだかんだ言いながら、

本年度より新しい職場で

新しい仕事を始めています。

 

そうそう、私

一昨年、国家試験をパスし、公認心理師になりました。

今年あたり、

家族心理士の試験にチャレンジしてみようかと思っています。

 

離婚当初は40歳を迎える節目の年でしたが

あれから月日が流れ、なんとこの8月で55歳になります。

子ども達は二人とも成人し、たぶん次男はこの春、

大学を卒業したのではないかと…

もう風の噂も耳に入る事はありません。

今でもお付き合いのある方で、

私がお母さんをしていた時の事を知る人は

ほんの数人になりました。

 

とはいえ、なんだかんだ言いながら

元気に過ごしています。

今年、共同親権の法案が通りました。

私が離婚した時は、2012年の民法改正より前で

どれだけ「こんなのおかしい」と泣いても

周囲にはなかなか理解されませんでした。

とある席で「法律を変えたい」と言った時に

「だったら国会議員にでもなるしかないでしょ」って

馬鹿にしたように、吐き捨てるように

言われた事もありました。

 

今回の改正には様々な意見があるのは承知していますが

時代を作っていくのは、まだまだこれからで

長い道のりが待っています。

これからも精進していくつもりです。

 

ま、なにはともあれ、変わらず元気でやってます音符

報告でした~ヒマワリ

表題を読んだだけで

!?今更??なんて思わないでねロケット

 

先日、社会福祉士の方々の学習会にお招きいただき

お話をしてきたんだけど

1番最初に「面会交流という言葉を知っている人」って挙手パーを求めたら

どのくらいいたと思います?

 

これだけニュースパソコンや新聞で騒いでいるじゃないって思っているのは

きっとその事に関心がある人だよねえー

毎日たくさんの情報に溢れているけど

自分の興味のあるものしか頭に残らないもの。。。

はい、答えは。。。0でした汗

いやいや、厳密に言えば1人。

その方はうちの会の会員で

その方が私に声を掛けてくださったからお話する機会に恵まれたんだけどねクラッカー

 

それって、たまたま集まった人達が知らなかっただけじゃない?って思う?

初夏に出展したボランティアフェスタで同じ質問したんだけど

面会交流というワードを知っている人は

50人中、3人。その中の一人はウチの会員。。。

家族療法の講座の中でも同じ。

そうなんですよ。。。

私達にとっては、1+1=2みたいな話なのに

実はほとんどの方が知らないのDASH!

 

ハーグ条約の不履行国としてアメリカから怒られているの、知ってるはてなマーク

国連からもこども権利条約を守れていないって怒られているの、知ってるはてなマーク

ヨーロッパからも、離婚=親子の別れって、今どき日本は何言ってるんだって呆れられてるの、知ってるはてなマーク

国もこのままでは…って思って、今年の11月に調査委員会を立ち上げたの、知ってるはてなマーク

そんな細かい事、皆さんに知ってもらわなくてもいいけど

まずは養育費と同じくらい面会交流も大切なんだよって事を

広く皆さんに知ってもらうことだよねひらめき電球

 

先日の学習会で、この課題を知ってもらう機会ができたこと

本当に嬉しくてね。。。

たくさんのアンテナが点として増えてくれば

きっとそれはいずれ線となり、面となる。

たくさんの情報が溢れている中で、あっこれってこの前聞いた話?って

ちょっとだけ留めてもらえる人が増える事。

来年の活動目標はそこかな~音譜

 

 

 

 

たら、れば…

そんな事を言っていても仕方ないけど

時折、考える

私が同居親だったなら…

ちゃんと元夫に子ども達を逢わせていただろうか。。。

 

婚姻時、入学式入園式も卒園式も

運動会も音楽会も、全く興味のなかった元夫。

休みの日に一緒に遊ぶ事もなく、公園に連れて行く事もなく

日々、気分次第でサンドバッグにされるんだったら

面会交流って日を作って、そこでしっかり子どもに向き合ってもらった方が

子どもの為ではないか。

月に一度くらいだったら、良いお父さんを演じる事も

そんなに大変じゃないんじゃないかって

そんな思いとは裏腹に…

 

ブラック花さんはこう囁いてたよ。

だってさ。。。

月1回数時間だけ会って、その時だけ良い父親ズラして

好きなもの買ってあげて、機嫌良く遊んで

あとは何があったって知らん顔じゃんね。

子育てに携わるってさ、そんなに簡単じゃないもん。

熱を出した時、機嫌の悪い時

叱らなきゃいけない時

家庭の中で育てている親は逃げる事なんて出来ないしさ

良い親だけじゃいられないっていうのに

別居親はそんな苦労なんて知ってか知らずか

時々だけ、良い親のフリが出来るんだよね。

おまけに、その都度「お父さんの所においでよ」なんて釣られたら

うちの子、ホイホイ乗っかるだろうなー

向こうで「母さんバカだよね~」って盛り上がって笑って

そのまま「お父さんの所で生活する!」とかって言われちゃうだろうなーって。

そんな、調子の良い事させないよ。

本当の意味でちゃんと「良いお父さん」として子どもと接してもらえないのなら

「子どもになんて会わせない」って

ずっと、そう思っていたんだ。。。

 

でも、もし私が親権持っていたら、いつまでそう思っていたかな。。。

子どもの為の面会交流だって知ったら変わったのかな。。。

 

会わせたくないっていう同居親さんの気持ち

分からない訳でもないんだー

だって、私がそう思っていたんだから。

でもね、お父さんを好きになればお母さんを嫌いになるってものではない、とか

一緒に暮らす者への忠誠って大きいんだなーとか

あの時には知らなかった事もいっぱいあるんだよ。

 

もしもあの時の「怖い」をそのまま持っていたら

きっと今でも「怖い」だろうな。。。

ずっと「殺されるのではないか」って思っているだろうな。。。

そうしたら共同親権制度なんて大反対なんだろうな。

 

実際は、充分な頻度で充分な長さの面会交流がありながらだったら

事件なんて起こっていないのにね~。。。

 

人は隠そうとすれば暴きたくなるし

隠そうとするには理由があるはずだって

無理にでも様子を知ろうとするのにね。。。

それが高じて、事件になってしまうんじゃないかな。

怖いから会わせないって、それ

逆効果なんだと思う。。。

本当に怖いのかな。。。

腹立ちまぎれに会わせたくないけど

会わせなくて良いって言われるような印籠として

「怖い」を利用してませんか?って

そんな風に思う時があるんだー。。。

 

 

 

今日、40代最後の1日を迎える私ラブラブ

10年前は、家に帰れなくなって数日後で

一寸先も見えない状況だったな、、、と

朝、ベッドの上でまどろみながら思ったDASH!

 

高校からの親友に「実は別居したよ」って言ったら

真っ先に「おめでとう!やっとか」って笑われゲラゲラ

続いて「だったら会えるじゃんグッド!って

久しぶりにあって乾杯してくれたんだカクテルグラス

そう、今までは女友達に会う事もままならなかったもんねあせる

今でも何でも話せる、無二の親友だったりする本命チョコ

 

 

10年前、40代にさしかかるって

私にとっては凄い事でね注意

人生の半分か!?。。。って思ったら

あと半分、今まで生きてきた長さ砂時計をずっと

こうして自分を抑え、我慢を強いて、

何をしてもダメだダメだと言われながら生きるのか?

そうしてあと何十年もを懸命に生きた後

お墓に入ってからも

「来たばかりの嫁」って言われて

お墓の中でも座る時間なく働かされるのか?って思ったら、、、

そう思ったらもう、、、何をどう頑張っても無理だったアセアセ

何に対しても感謝が出来なくなりタラー

過去の痛みをどんなに吐露しても

痛みが薄らぐ事はなかったタラー

 

そこに次々に上乗せされる元夫の理不尽に

自分の腕を噛み、タンスに頭をぶつけ

「感情に流されるな!冷静になれ!」と自分に言い聞かせていた

 

 

あれから10年が経ったんだね。。。

 

長男はこの春、成人した。

今まではアパートの保証人になっていたので

トラブルに巻き込まれまくったけどあせる

ここで契約更新になり、保証人からも抜けたぼけー

 

次男はきっと、来春には大学生になるだろうから

ここに暮らす最後の夏になるだろう

次男とは今まで一度も連絡がとれていないDASH!

 

私はというと。。。

本当にね。。。

人生ってこうも大きく変化するのだという事を知った。

10年ひと昔って言うけど

私の人生がそっくり、180度ひっくり返ったような10年だったパー

 

 

何よりも、何よりも子ども達を大事にしていたのにね

会えなくなってあせる

何かしないといられなくて、自分の趣味に走って

着付けの資格宝石赤をとって

それでも何かしたくて、心の勉強を始めて

始めは傾聴を習って、そこから産業カウンセラーの資格を得て

離婚や別居専門の相談員になってみたら

家族療法のノウハウが必要だって分かって

家族相談士をとって、家族心理士養成講座に通って

今は家族心理士補として離婚・別居問題専門カウンセラーとして

ボランティア活動をしているクローバー

 

いろんな所属団体を経て、今では自分で主宰しているし

仲間も出来たラブラブ

活動以外の本職メモも順調だし

終の棲家家も得る事が出来たクラッカー

今までの人生において、1番チャレンジして、変化して

充実した10年だったかもしれないひらめき電球

 

 

子ども達の事は、常に想っているけどね

きっともう母を恋しがって泣くような年頃ではないだろうし

会いたいって願うより、

自分の人生を彼ららしく、

たくましく歩んでいって欲しいと思う気持ちの方が強いかなパー

 

私が私として生きる事あし

それまでの人生では一切考えた事がなかったくせに

それを強く意識した10年だったように思うニコ

 

40代の終結は、同時に50代の幕開けベル

何がどう変わるかなんて、予測も想像もつかない

私の人生、想定外しか起こらないんだもんで

でもね、もう怖くはないし、心配もしない

事が起こった時に、それを飲み込み、受け入れ

その時に出来る事をする

準備しようがしまいが、どんな人生を歩んでいたとしても

容赦なく【事】は起こるんだもんでね

 

さて、明日にはいよいよ50代

何が変わるって、

アンケートの時に○をする場所が変わるくらいだけどべーっだ!

なんだかちょっとだけ、背筋がピンとする旗

今年の夏は、家具をちょっと入れ直して

ペンキ塗りなんかもして

自分の節目にお祝いする予定プレゼント

 

5年前の記事
 
そう、今でも同じ事を思っています
雲の中にいて見えなくても
そこには あるんだから
 
見ないフリや、なかった事にするより
ある事を自覚した上で
あっても大丈夫!のために出来ること
その支援だよねって思う。
 
相手が父親、母親である事は
何百回逆立ちしたって
身をよじるほど嫌がったって
事実は変わらない。
 

 

「俺のついた餅は他の誰がついた餅より滑らかでうまい!」

うんうん、それはぜひ食べてみたい…

けど、そもそもあなた、

何百回もその話をするけど、

餅ついてないよね?

 

他の人のついた餅をあーでもない、こーでもないと偉そうに批評するけど、

私はあなたのついた餅を誰も食べた事がない。。。

いやいや、あなたの仲間は毎日、

「そんなのは餅じゃない」とかって陰口たたかれている事も百も承知で、

くたくたになりながら、毎日毎日必至で餅をついてるよ。

 

絵に描いた餅なんていらない。

下手だろうがなんだろうが、

懸命に餅つきをしている人が1番偉いと私は思う。

 

Facebookの記事より。

壊れた夫婦の間に入って面談をするようになって

4年半ほど経ったかと思う。

必要に応じて面会交流支援もしているけど

田舎だし、本職の傍らのボランティア活動だし

件数的にも責任を持てる範囲で、、、といつも頭に置きつつ

それでも必要とされれば

ついつい自分を横に置いてしまう性格は

いつまで経っても変わらないと思う

 

当初、始めた時は『産業カウンセラー』の資格をとったばかりで

しかも「多重関係の禁止」と言われているにも関わらず

相互カウンセリングをしないと前に進まない状況、、、

そりゃもう、、、毎日が暗中模索よ。

誰も正解なんて教えてくれないし

なんたってカウンセラーは「多重関係禁止」だもんで

来談者以外の家族構成員に話しを聴くなんて言語道断!

 

家族相談士養成講座で家族カウンセリングを学んだ時も

教科書に書かれている事は概念として頭に入れたけど

いまいち自分のやっている事がどうなのか理解出来ていなかった。

なんとなーく、理解していけたのは

家族心理士講座で学んだ時

たくさん質問をする中で知ったのは

家族療法は個人療法と進め方も捉え方も全く別ものだという確信。

受動的な聴き方だけでは家族療法は行き詰まる

でも反面、家族構成員が複数で来て話をしてくれるので

動く時はダイナミックに物事が運ぶんだ。。。

 

さて、本題。

今、離婚後共同親権の導入に向けた検討を国がしている。

私にとっては悲願である。

問題は個だけでなく、法律を含めた社会全体。

それを変えないとこのループは永遠に続く

今でもそう思っている。

ただ、法律が変われば葛藤がなくなるかといえば

決してそんな話ではないと思う。

養育費と面会交流

どっちも愛情の形として、大事だよね

それと同じで

法律や社会 と 葛藤が上がった状態から下げていく為のスキル

もしくは、葛藤を必要以上に上げる必要がない離婚制度の導入の

両方が必須なんだと思う。

 

私が得意としているのはきっと

国を動かすような戦術戦略的な事ではなく

目の前の葛藤に対し、両者の話を聞きながら

お互いに向かい合って戦っていた所から

「共同養育」という新しい関係作りを始める為の土台作り

なんだと思うんだ。。。

 

例えば同居親がね

面会交流をしないと親権があやぶまれるからって

必至に歯を食い縛りながら面会交流に送り出しても

子どもは幸せじゃないよね

むしろ、忠誠葛藤をあおるような結果にもなりかねないし

別居親に会っている自分が悪い事をしているような

罪悪感にさいなまれるかもしれない。

帰ってきた時にツンケンされたり、泣かれたり

「どうせあんたはお父さんが良いんでしょ!」って当たられたりしたら

もうお父さんに会いたくないって、そりゃ言うよね。

それ、共同養育って呼べないと思う。

でも、送り出す側が安心して「行っておいで、楽しんでおいで」って言えて

帰ってきた子ども達に「お帰り~!良かったね」って

そう言える心の状態になっていたら

子ども達は両方の親から安心して愛情を受けられるよね。

夫婦関係は壊れてる、だから夫婦としての関係ではないけど

子どもにとっては両方とも親として愛を受け取れる関係の再構築を図るのが

私の仕事だと思っているんだ。

 

子どもに会う親の権利

親に会う子どもの権利

別居親に会わせる同居親の義務

そういった権利義務だけで語れるような話ではなく

権利義務や片親疎外の弊害を知識としてお伝えした上で

「なにが問題になってる?どうした?

私が何をお手伝いしたら楽に履行できるかな?」って

気持ちの部分を大事にしていかないと

葛藤は下がらず、面会交流の意義は薄れてしまうのではないかと感じている

 

私が今まで介入してきたケースのほとんどが

月に1回何曜日なんて決めていない

電話もメールも自由だし

会える状況ならお互いに連絡を取り合って自由に会えばいいし

元夫婦間でも問題なく連絡を取り合っている。

夫婦という関係だからこそお互いに求めるものがあって

うまくいかなかった2人だって関係の根本が変われば

そこそこ連絡しあいながらうまくやっていってたりするよ

そうしたら、大抵の場合は1年経たずに支援卒業だよね

で、卒業後に戻ってくるケースは、今のところ1つもない(笑)

 

私が目指しているのは、権利義務を主張しての面会交流ではなく

不安や怒り、恐怖などの気持ちに向き合って

それを超えた先に実施される面会交流なのだと思う。

 

 

 

 

めちゃめちゃ久しぶりな投稿ですドキドキ

 

いや、超絶元気100%ビックリマーク

ここ数年、風邪ひとつひかないくらい

しょっちゅう引き起こしていた偏頭痛の回数も減って

体重はますます増加。。。あせる

そのくらい元気いっぱいですゲラゲラ

 

私が主宰する黄色い花共に咲く花の会黄色い花も3年目に突入ロケットパチパチベル

出だしは好調だったんだけど、

毎月開く定例会への参加者も

自分の課題が解決されると、徐々に減っていってしまいぼけー

「参加人数が3人だったらやるけど、

2人だったらその月はやめようねDASH!なんて話があったほど。

それでもさ、

「まだ始めたばかりじゃん、続ける事に意味があるんじゃない?パー

っていう周囲の言葉に励まされながら。。。

 

なんとなーく、、、ね。

本当になんとなーく、、、1人、2人と賛同してくださる方が増えて

有り難いことに、毎月の定例会(学習会&ミーティング)のほかに

会主催の懇親会ビールやバーベキューバーベキュー左バーベキュー真ん中大会なんかも開かれるようになりまして

 

私はさ。。。

孤立してしまいがちな当事者同士が繫がって

仲間になりたいんだ、、、

例えばさ。。。ジャングルに独り、道に迷ったら不安だよね?

でもその時に

「あれ?どした?1人?

あっちには水があるよ、あっちは崖だから危ないよ

この草はおいしいよ、これは毒だから危険だよ目って

いろんな情報を共有しあえる仲間がいたら、心強くないはてなマークって

そんな思いで作ったこの会ビックリマーク

誰が上とか下とか、社会での役職がどうとか

そんなん全く関係なく

信頼しあって、協力しあえる、そういう仲間作り。。。

その思いが実現して、今ここにあるんだ。。。

 

宴会では、アホみたいに歌ったり踊ったり笑い合ったりしながら

ミーティングでは「どうしたらより良くなるか」を真剣に考え

イベントに向けての準備にわざわざ遠くから駆けつけてくれて

そしていつものお店で大盛り中華ステーキラーメンをかっくらって、、、

 

そんな仲間作りが、ずーーーーっと、したかったんだ。。。私ってね。

別れて家に向かう車の中でいつも思うんだ。。。

 

先日、松本で偶然出会った方に名刺を差し出したら

「あっ!この会、知ってる!」って言われて、めちゃくちゃ嬉しくてね

 

マスメディアに出るようなチューリップオレンジチューリップピンクチューリップ紫チューリップ黄チューリップ赤チューリップ紫とか、あいにく持ち合わせてないし(笑)

広告費とか、一切出せないし(笑)

チラシやパンフのデザインも、外注使わないし(笑)

そもそも、、、たくさんのクライエントさんを抱えたら私がパンクするから

1件1件、できるだけ丁寧に対応出来るよう、ひっそりと活動している。。。つもり(笑)

 

それでもさ、必要な人にはきっと届くって信じて。。。

これからも私、こうして1つ1つの家族に向き合っていくつもり。

 

神様にもらった、大きなお題だと思ってね。。。

 

もうすぐ、ヒマワリヒマワリ

この夏、あの事件、あの別れから

10年を迎える。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日、昔のドラマをボケーッとみながら思った。

 

親が子どもを連れて家を出たら「連れ去り」

でもさ。。。子どもが置いていかれたら

それはそれで、子どもの気持ちは想像に余りあると思う。

クレイマークレイマーがそうだよね

子どもの頃、この映画を見て思ったのは

「どうしてお母さんはこの子を置いて行っちゃったんだろう」って

ショッキングだったもの。。。

それを支える監護親だって、この子の気持ちを考えるとやるせなくてね

「なんでこの子を置いていけるんだ」って、みんな泣くんだよ。。。

 

もちろん、家を出る前に話し合いがなされて

お互いにこれからの事を決められるのが1番良いよね。

子ども達にも、ちゃんと説明してね。

でもそれも難しい関係性ってあるんだよね。。。

うん、私はそうだった。

離婚して下さいからの~、包丁だったもんで。

 

じゃあさ。。。なにならいいの?

正解って?

 

連れ去られた者は連れ去り禁止を訴える

置いていかれた子を見ると

「この子が可愛くなかったのか」と嘆く

話し合いを試みても、うまくなんていかない

 

 

婚姻がお互いの同意で成り立つ

これは婚姻時の点ではなく

婚姻関係が継続している限り

一瞬一瞬、同意しているという意味なんだと思う

もしそのうちの、片方でも同意がなされなくなった場合

その後の婚姻関係の継続は難しい

そんな場合、どうされれば納得出来るのかな。。。。

そんな方法、あるのかな?