なぜママ活をしているのか?そして、生い立ちの一部は…?
はじめに皆さん、おはこんばんにちはーはなですここでは、なんで私がママ活していてその意図、生い立ちの一部をオープンにしていきます。そして、ある男性との出会いがキッカケでママ活をスタートさせることになりここで自分自身のこれからの生き様を決定することになります。私の父私の父は実業家で、当時3社の法人を持っていました。そして非常に厳格で、幼い時から、厳しい教育環境の反面どちらかというと裕福な生活をしてました。「働かざる者食うべからず」、「己が徳行の全欠を忖って供に応ず」を常に念頭に置いていた父は、お金には非常にシビアで必ずといって良いくらい、私に「損して得を取れ」を徹底されてましたね。苦笑ある社員との出会い大学を出たタイミングで、父が持つ子会社に身を置き一般社員として働きながら3年程、経営管理等を学び、研究し27歳くらいの頃には、幸いにも役員に昇進させてもらい幹部としての仕事を任せられるようになりましたがまだ当時、若さもあってか稼いだお金はばら撒くかのように使い、乱費する毎日で中々酷いものでした。冒頭でもお伝えしましたが、ある男性との出会いがキッカケでパトロンを始めました。うちの会社に面接に来た彼を雇用した訳ですが正直、職務経歴、生活も酷いもので転職三昧に、ギャンブルや闇◯からの借金もあり叩けば叩くだけ、誇りがブンブン出る方でした。ただし、不思議なのが目に見てわかる、異常な生命力の強さでした。何をさせるにしても嫌な顔をせず、夢や目標がハッキリしていたのでそういう言動を毎日観ているとなぜこうなってしまったのか?と疑問に思うこともありました。社会というのは、思っている以上に厳しいものでどんなに根が真面目であっても良いところよりも、悪いところを見てしまうのが人間なので先入観や偏見を持たれてしまう性分だったのでしょうね。私は彼の仕事っぷりを評価していたのでそんな日々を過ごしていくうちに、私が借金を肩代わりしてあげました。(約1100万程度)ある意味賭けではありましたが「本当に心の底から変わって欲しい」と初めて思えたキッカケでもありなにより、私自身の器で、どれだけ変えることができるのだろう?と自分自身の人間レベルを試したかったという意図もありました。そんなこんなで、キレイな身体になった彼は肩の荷がおりたのか、仕事への情熱が激増し、しっかりと成績も出し晴れて夢だった、ケーキ屋さんを見事に出店。今現在も順調にやっているとのこと。最後に長くなりましたが、私自身この経験を経て思ったことは人の為に生きるのが自分の生き様なんだと。自己利益よりも、まずは他人の利益。このGive精神が、後に大きく化けて自分に恩恵をもたらすんだと。誰かの為の幸せを考えた時が、一番自分らしく居られるんだと。だから、支援の大小関係なく私自身と関わったことで、少しでも人の人生を変えられたらと思った訳です。とはいっても、私はイーロン・マスクさんみたいな莫大な資産を持っているわけではなくTwitterとかでよくあるお金配りが出来るわけでもないんで少数でも確実に一人一人にフォーカスしてお助け出来る活動をリサーチしていたところママ活をするという決断に至り、全てを話せているわけではないですがこれらが経緯にはなります。文章力乏しいので、乱文失礼しました