彼のことをふと思いだした。
高校生の時に友達が死んでしまいました。私もその頃思い悩んで死に取りつかれていたように思います。だけどその子が教室や部活から居なくなって、まるで最初から居なかったみたいで気持ち悪く感じて「私が死んでもきっと最初から私なんか居なかったように皆過ごすんだ。だったらもう少し生きてやろう」と踏みとどまれました。私が先に勇気が出てたなら、彼は死ななかったのかな。とも思いました。
今でもあの時のお葬式とか全校集会とかが全部嘘で、もしかして実は彼が私のいないところで元気にやっているんじゃないかと思ってしまいます。
今でも仕事に復職して、いろんな人に大切にされて、少しづつちゃんと仕事が出来てきてすごく嬉しいんだけど、それでも時々は死について考える。
死んでしまいたい。
ってのは、すごく能動的で、エネルギーの要ることだから、それなりに元気がある人じゃないとたどり着かない結果だと思う。希死念慮とか、自殺企図を抱いてる元気のない人はたいてい他動的な「死んでしまいたい」だと思う。
自分で死ぬっていう元気がない。というのは大きいし、その元気が出てきたら
少しは元気になって来てるんだ!って自己受容が出てきて、
希死念慮がそれに連れて薄れていくように思う。
だから今日一日生きてみる。
本当に駄目なら、逃げて良いし、自分を傷つけてもいい。
だけど、死にたいって思っても、今日は死なない。って死なないことを頑張れたら
それはすごい立派なことだよね。