hanabiのブログ

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ひとりごと

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「ああ、あの人、死んだよ?」
コンビニで買い物をするような気軽な感じ。

死から隔離された現代、と誰かが言ってた言葉が酔った頭を過る。

そう、死んだあの人とは、僕をゲイの世界に連れ出してくれた人だ。

彼との出会いは綺麗なものではなかったけど、僕が殻を破る切欠を作ってくれたのは確かだ。

19歳のちょうど今のような冬の寒い夜。
今よりも、もっと愚かで、もっと醜く、もっと浅薄だった僕が初めて居場所を見つけたとき。
自分が自分のままでいいんだと思える場所に出会った。

その場所はいまはもうないけれど。

そして、自分が自分でいられると思った場所にも様々なしがらみがあり、初めて来たあの頃のように自由に過ごせるとは言えないけれど。

それでも、まだ色褪せず、そこにあるもの。

色んな別れと出会いがあるところ。

思いがけない人に出会えたり、思いがけない深い傷を負ったり、思いがけない友情に助けられたりするところ。

彼との出会いがなかったら、始まってなかったのかもしれない。
いや、いつかはそうなってたと思うけど、もっともっと不器用なカタチでの始まりだったと思う。

自らの選択で、その世界に飛び込んだ。と思いつつも、彼のような人や多くの人の善意や悪意や優しい無関心によって僕は支えられている。

一人じゃまだまだ何もできない僕ですが、あなたとの出会いはとても実りあるものだった。

そしてまた、知っている人がこの世からいなくなる感覚を知る。

人はいずれ死ぬ。
そんなことわかってる。
でも、悲しい。ただ、悲しい。

いま、こうして彼を語ること自体が、彼の死を冒涜していることも理解している。
彼の死を語る資格があるのは、彼を支え続けた人だけだと思うから。

話は変わって、今年は自分自身も健康上の問題が多かった年だった。
健康は失いかけて初めて大切さに気づく。
いや、なんでもそうなのかもしれないけど。

命を失いかけたとき、それでもいいかな、と思う自分がいた。
終わるときは終わるときだよ、と。

でも、まだ、生きてる。
辛いことや苦しいこともあるけど、生きてる。

「生きたくても生きれない人もいるんだよ!」とか言う人は結構いるけど、そんなの糞食らえだと思う。

生きたいという意思が尊重されるなら、生きたくないという意思も尊重されるべきだし、そもそも別問題。

自殺する人の前でそんなこと言えんのかって話。

僕には言えない。
実際に何も言えなかった。
何を言っても嘘になる気がしたから。

でも、自分が生きる理由は、まだ死んでないから。
そして、まだ人生しゃぶり尽くしてないから。
死ぬことはいつでもできる。
だったら精一杯、文字通り命を懸けて、何事かを成してみたい。
可能性を試してみたい。

人生で一番怖いことは「何もないこと」だという。
確かにそうかもしれない。
何もない日々は平和だ。恐ろしい程に。
だからこそ、僕は猥雑で歪なこの世界で、キラキラした夢と狂気と呼べるほどの意思で歩いていきたいと思う。
命も人生も一度きりなのだから、死ぬほど楽しまなきゃ損だよね。と今は思う。

命ある限り、人生を楽しむ。
死ぬときは死ぬ、ただそれだけ。
目的とか使命なんてものは始めから用意されてるもんじゃない。
毎日のちょっとした努力や変化や会話や想いから生まれるものなのだと思う。
くだらないものの中にこそ、大切なものがあるのかもしれない。
そう思った夜の底。