いよいよジェジュンが国連で演説する日が近づいて来た。

まずはUNIC本部があるNYを皮切りに、フランス、ベルリンやマドリードなど主要国を回って演説をするため、3週間程帰れない。

ジェジュンはユノに手伝ってもらいながら、オメガの現状を訴え、オメガ救済のために必要な事を盛り込んだ演説内容を作り上げていた。

「はぁ～…緊張する…」

「一緒に行ってやりたいが、3週間も仕事を抜けられない。チャンミンもいないしな。アイツ、いつ帰ってくるんだ？まったくもー！」

「せっかくのラブラブ旅行を邪魔しないで。僕はジュンス兄もいるから大丈夫！お土産買って来るね」

心配が止まらないユノは、ジェジュンの為に有能なSP（海兵隊出身）のミンホをつけた。

出発ギリギリまで、ジェジュンと同行しようと思っていたが、それは無理だった(´Д⊂ｸﾞｽﾝ

「ジェジュン、パスポート持ったか？薬は？お前はすぐ腹を下すから。何かあればSPのミンホに言えよ。ジュンス頼むぞ。ジェジュンはすぐ飯を食わなくなるから。あぁ～やっぱり俺も行こうかな」

「もう！ユノ！僕は大丈夫だから！子供みたいに心配しないでっ」

「3週間もジェジュンに会えないなんて。俺の方がおかしくなりそうだ」

「ちゃんと電話するし、メールもするから。ゆのもちゃんとご飯を食べてね♡」

「知らない奴に付いて行くんじゃないぞ。SPの傍を離れるなよ。ジュンスの言う事をよく聞いて…」

「だから！僕は子供じゃないの～！」

「心配なんだよ、ジェジュン～♡」ｲﾁｬｲﾁｬ

さっきから何度も同じ事を言って抱きついてキスして、暑苦しいユノ達を横目で見ながら、ミンホは無表情で後ろに控えていた。

「ジュンス、頑張れよ。お前たちの言葉が世界中に届けばいいな」

「うん。頑張るよ。ねぇユチョン、ぎゅってしてくれる？」

ユチョンはにっこり笑いながらジュンスを抱きしめた。

「あぁ、ユノ兄の気持ちわかるな。俺も寂しいよ」

「僕も。でもワクワクしてる。ここまで来られるなんて思いもしなかった」

「すずらんの会を立ち上げてから、ジュンスはキラキラしてるよ。惚れ直しちゃうなぁ」

「そう？ジェジュンに感謝だ。やっと僕の居場所を見つけた気がするんだ」

「そうか良かったな。でも俺の事も忘れないでくれよ」

「ばか。ユチョンが居なかったら、僕はここにはいないよ」ｲﾁｬｲﾁｬ

暑苦しいカップルが二倍になっても、スーパーSPのミンホは「無」を貫いていた。

ただ心の中では、正直もういいんじゃないの？とウンザリしていて、こっそり小さな咳ばらいをした。

チョン家のスーパーαであるユンホ氏に、SPの仕事を依頼された時は、本当に嬉しかった。

てっきりVIP（警備対象）はチョンユンホ氏だと思っていたのに、自分のVIPはオメガの二人だった。

なぜアルファである自分が、オメガの警護を？と思ったが、仕事なので黙って受けた。

この2人は「運命の番」らしく、簡単に言えば「嫁」の警護をしろということだろう。

仕事に対し手を抜くことはないが、この仕事をやり遂げて、念願のユンホ氏の警護がしたいと思った。

つまり、この仕事で試されているんだと理解した。

NYまでの移動は、プライベートジェットを使わず民間の航空機を使うと言い、しかもエコノミーで行こうとしたジェジュン達を、ユノとユチョンがなんとかビジネスクラスに変えさせた。

NYに着き、ホテルにチェックインして、すぐにマンハッタン東部にある国連本部へ、下見に行った。

「でか！広いねぇ！ジュンス兄見て！国旗がたくさん！ステンドグラスがキレイだね～」

「うん。このモザイク画も、愛と平和を象徴してるんだね～」

観光客のように、キャッキャと写真を撮って楽しそうな二人を、ミンホが警備し下見は終わった。

「ミンホさぁ～ん。写真撮ってぇ～」と、ジェジュンとジュンスは変なポーズを取りながら写真を撮って、ゲラゲラ笑っていた。

まるで毛色の違う子猫がじゃれ合っているようで、それはそれで可愛かったが、緊張感の欠片もない二人に、警護の必要があるのかとさえ思った。

これから世界に向けて演説をするらしいが、いったいオメガが何の演説をするのだろうか。

オメガに対しそれ程興味は無いし、国連から呼ばれたというのも、本当だろうかと疑うぐらいだ。

失礼ながら韓国のオメガ2人にそれ程知名度があるわけでもないので、ミンホは警護の仕事がしやすそうだとホッとしていた。

恐らく韓国にいるアルファやベータは、ここにいるミンホと同じ思いだっただろう。

だが、世界は大きく動き始めていた。

この後、自分達がいかに遅れていたのかと、痛感する事になる。

公演当日、キムジェジュンは緊張しているのか控室の中をウロウロ歩いていた。

すぐに部屋を出ようとするので、警護がしにくくて仕方がない。

「ジェジュンさん、どこへ行くのですか？部屋を出る時は一声かけてください！」

「うっ…すみません。トイレに…」

「さっきも行きましたよね？」

「その…お腹が…。だめですっ！行きます！」

どうやら緊張しすぎで腹を下したらしい。

ジュンスに薬をもらっても、何度もトイレに駆け込んでいた。

その度トイレに付いて行きながら、正直早く終わって韓国に帰りたいと思っていた。

「ジェジュン、そろそろだよ。準備はいい？」

「…あ～何だろ…。緊張しすぎてどうでもよくなってきたー…」

「ふふ。それでいいよ。いつもの通り、公民館でおばあちゃんたちと話す感覚でいいんだよ」

「そっか。そうだよね」

ジュンスに背中を押され、大勢のマスコミを含めた1800人の前に立つ。

当り前だがこんな場所にいる人はほぼアルファ、だが人種は様々で、肌の色もみんな違う。

いつも田舎の公民館で見る光景とのギャップがあり過ぎて、何だか全員がカボチャやナスに見えてきた。

司会者に紹介され、眩いフラッシュに一瞬目がくらみ、吹っ切れたような感覚がした。

まるで夢の中にいるような感覚で、ジェジュンは観衆を前に、にっこりと微笑んだ。

「皆さんが持つ、オメガの印象とはどのような物でしょうか」

いつものように人懐っこい微笑を交えながら、ジェジュンの演説が始まった。

「僕はオメガです。人は僕の事をアルファやベータより劣っていると言います。ですが僕は劣っていません。ただ、ドジなんですｗ」

会場から笑いが起こり、皆がジェジュンの話に耳を傾けた。

オメガの発言という事で、ほとんどの人が、こう想像していた。

どうせ虐げられたオメガの現状をヒステリックに話すのだろうと。そしてそういうのはうんざりだと。

だがジェジュンは、優しい微笑で、事実だけを淡々と話した。

そして韓国の最高学府であるソウル大に通うジェジュンには、説得力があった。

「ではなぜ人はオメガを劣っていると言うのでしょう。そこには様々な要因があると思いますが、一つはヒートを迎える事で起こる数多くの事件が関わっていると思います。しかしこれはオメガのせいではありません。背が高い人低い人、目が良い人悪い人がいるように、オメガという性に起こる特性なだけです。ヒートは体に合った抑制剤を正しく飲めば、社会生活に全く支障はありません。アルファが惑わされる事も無くなります。なのになぜ、それが出来ないのか。皆さん、わかりますか？」

ジェジュンの演説を聞きに来ている、世界中の要人たちは、政治に関わる人物も多い。

だが驚くべきことに、ジェジュンのこんな簡単な質問が、誰も分からなかった。

「抑制剤が高価であるせいです。ご存じの通り、オメガはヒート期に学校や会社を休まざるを得なかったりして、社会的にも冷遇されており、所得も低いです。高価な抑制剤が買えず、闇の安価な抑制剤に頼る。すると効果が得られず強い副作用もあり、事件に発展するわけです。それではもう一つの質問、現在ヒート抑制剤の種類は、どのぐらいあるかご存じですか？」

「一種類です。大人も子供も男性も女性もいるのに、一種類しかないんです。その人に合わせた抑制剤は作れますが、もっと高価になります。これでは安心した社会生活は送れません。今、先進国を最も悩ませている少子化問題。その大きな問題の前にオメガの存在は無視できない、多くの方がそう理解しています。なのに、こんな簡単な事すら知らない、興味を持たない。もっとオメガを知って理解することが、多くの問題を解決に導く近道だと思います。ここにいらっしゃる方は、政治にも関わる偉い人ばかりでしょう？とても簡単な事です。是非、抑制剤の保険適用化を検討していただきたいと思います」

オメガを虐げる実例に恨み節を言うわけでなく、淡々とそして堂々と話すジェジュンに、人々は注目し、その優しく穏やかな声が、不思議と心の中にストンと落ちてきた。

中には未だ「オメガ」に対し偏見を持った人もいたが、ジェジュンの声はその人達にも真っ直ぐに届いた。

「もう一度言います。オメガは劣ってなどいません。恥ずかしい存在でもありません。保護法で保護する存在でもありません。オメガは力は弱くても、芯が強く優しくてそれぞれに才能を持った、皆さんと同じ素晴らしい存在です。オメガがオメガのままでオメガらしく生きられる世の中。それが実現すれば、もっと世の中は明るく優しい社会になると思います。僕は…オメガである事を誇りに思っています」

会場がスタンディングオベーションに包まれ、割れるような拍手が沸き起こった。

眩いフラッシュの中、ジェジュンは笑顔で手を振っていた。

アルファだらけの会場を一つにし、皆を感動の渦に巻き込んだのだ。

ジェジュンの飾らない率直な言葉、アルファに対しても物怖じしない態度、終始感じる優しく愛らしい人柄。

そして何より、花が咲いているかのように美しく、アジア人らしいしっとりとした雰囲気。

壇上から降りる際、ちょっと躓いてしまうドジな所も、人々の心を鷲掴みにした。

つまりは、そこにいる人達は全員ジェジュンに魅了され、ファンになってしまったのだ。

「ジェジュン、お疲れ。こっちに来てバナナ牛乳飲みな」

「はぁ～緊張したぁ～。ありがと～ジュンスヒョン♡ジュンス兄が居なかったら、こんな大舞台で講演なんて出来なかったよぉ～」

「僕こそ、ジェジュンのおかげでたくさんの人に出会えたし、自分の生きる道を見つけられた。ありがとう、ジェジュン」

ジェジュンとジュンスはギュッと抱き合い、お互いの涙を拭い合い、並んでバナナ牛乳を飲んでいた。

SPであるミンホは、すっかり驚いてしまった。

早く帰りたいなどと考えていた自分が恥ずかしかった。

キムジェジュンは番を持つオメガだからフェロモンで誘惑したわけではない、この場で番であるスーパーαチョンユンホの名前は一度も出ていない。

つまりキムジェジュン独自の魅力で、この場を魅了して見せた。

韓国という小国の、ただ一人のオメガが、世界中の要人を虜にしてしまったのだ。

そしてそのサポートをして支え続けたキムジュンス。彼らは優秀で素晴らしい人たちだ。

今はもう、彼らの警護を出来る事が誇らしいとさえ思った。

ただドジなんですｗ

※※※

ジェジュンの演説が、世界中の人々の心を打ちました。

今までの全ての経験が、素晴らしい演説に結び付いたのだと思います。

物語は終盤を迎えます。

次回、ワタシは書きながら泣いたシーンがあります。

どうにもならない事だけど切ないです。

Bolero～君を守るから 44