割と裕福で不自由もない家庭でした。
旅行にキャンプ、週末はほぼ外食
幼少期は家は大金持ちだと思ってました。
欲しいものは割となんでも買って貰えました。

でも、朝晩歯を磨くことも
トイレに行ったらどう拭くのか
髪の毛はどう洗うのか体はどう洗うのか
外から帰ったら手を洗うとか
蝶々結びはどうするのかなど
しつけはして貰えませんでした。

「箸どうやって持つの?」って聞いたら
「自分で考えな」って言われたのが
今でも忘れられません

蝶々結びはめちゃくちゃ研究した
友達に聞いたりして
何度も練習した。

朝晩歯を磨いたり
髪の毛や体をちゃんと洗うようになったのは
中学生くらい
自分で「あれ?汚い?」って気付いた
よく虐められなかったと思う

母の手料理もあまり記憶がなくて
唯一の記憶、母の味
茹でたパスタに缶のミートソース
(手料理ではない笑)

ほとんど出来合いで
たぶんお金はあったんだろうね
お刺身を頻繁に食べてた気がします
(楽だったんでしょうね)

お弁当はレンチンしかはいってなかったので
それが手作り弁当だと思ってました笑

母はとても怖い人でした
こうであって欲しいが強すぎて
気に食わないと往復ビンタ×∞されてました
毎日のようにぶたれてました。
引っ張られて肩の脱臼が癖になってました。

こうであって欲しいが強すぎて
誰かと喧嘩してなやんでも
相談出来なかった
「喧嘩しないで欲しい」って思ってるから。
辛かったねって言ってほしいのに
えー?!喧嘩?!なんで?どうして?
ってなっちゃうんだよね。

習い事めちゃくちゃさせられてたけど
着いてきてくれたことや
送ってもらったりは一切なくて
教養をつけたいって言うより
母は1人になりたかったんだと思う。

いつもこの回答が正解かどうか考えながら
生活してて親に怒られないように嘘ばっかついて
(結局ばれてしこたまぶたれるんだけど笑)
常に人の顔色を伺ってました
だから人前で話すのが苦手で
そういう状況では汗と赤面が尋常ではなかった

そして失敗には厳しくて
失敗をする前に代わりに母が済ませてしまう
待てない母でした
「あーっ!こぼすよ!」
「あー!あぶないってば!」
「だから言ったじゃん!」
いつもキーキーしてました
そして母が間に合わなかったらバチーンです。

親子で涙流して大笑いとかしたこと無かったなぁ

親になって
ほんとに信じられないなって思う
よく出来たね、そんなことって思う。

お風呂入れないとか歯磨きしてないとか
可哀想すぎるからできないし
ましてはぶつとか考えられない。
何してもこんなに可愛いのに。
習い事なんて一人で行かせるの怖すぎるし
なんなら学校で何があるかわからないから
常に見守っちゃいたいくらい心配笑

できない姿とか
がんばれーって見守る愛おしさ
これ以上な幸せないのに
なんで見守れなかったのかな、母は。

いつも満たされてなくて
私は爪噛みや指しゃぶりなどなど
子供が満たされていない時にする
シグナル的なものほぼしていました。

しかもそれが見つかるとバチーンなんですよ

中学生くらいで言い返せるようになって
ぶたれなくなったけど
(まぁ言って20歳くらいまでは何度か
手を上げられてた)
それでも口だけはうるさかった。

付き合う人にも口出しがすごかった。
勝手に情をわかして
別れて違う人連れてくとめちゃくちゃキレる
もう意味不明笑

もう反面教師がすぎて
お料理は大好きでレンチン全く買わないし
潔癖症って言うくらい手洗うし
ことある事に歯磨くし
なんなら半身浴で朝晩お風呂だーいすきだし
他人と自分は考え方違うの当たり前の精神だし
親としてもたぶんやれてる方。
子供はママの子でよかったーって
1億%思ってくれてると自負してるし
私はメロメロのメロメロ。

こうなれたのって家族以外の
出会いなのかなあって思う。

愛してくれる友達や人に出会えたから。

それでもやっぱり根底の自己肯定感は低いから
子供にはそうなって欲しくないなぁって
こう接したいよね、こう接するといいかなって
パパと相談しながら育児しています。

何が言いたいって
親にされたこと子供にしちゃうかって
そんな事ないってこと。

この世から悲しい事件がなくなりますように
みんなが愛されますように
今日も全てに感謝して
おやすみなさい

バイバイ