暖かな日々

暖かな日々

サポートが必要な三姉妹に振り回される日々を綴る、育児日記が中心。
2021年3月、縦隔腫瘍の診断。4月摘出手術。5月悪性リンパ腫(びまん性大細胞型B細胞リンパ腫)の診断。6月R-CHOP療法開始。11月HD-MTX療法。2022年1月R-CHOP療法終了。

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はじめにお伝えしておきます。

タイトルでビックリさせてしまったと思いますが、現在次女はすっかり元気になり、歌って踊って過ごしています。

あまりご心配なさらず、そんなこともあったんだな……と思って読んでいただけるとありがたいですにっこり






またまたお久しぶりになってしまいました。


今日は、次ちゃんのことを書きます。

記録のために書いておいたほうが良いと思ったのですが、発作の話なので怖くなりそうな方はここでおやめになってくださいね。



次ちゃんは、中学2年の時から精神薬を飲んでいました。

服用を始めてから、食欲は変わらないのに体重がどんどん増え、目が勝手に上にいって白目になってしまう眼球上転の状態になることが度々ありました。


私達家族も学校の先生も、これはおかしいと何度もドクターに訴えたのですが、当時の主治医は

「わざと自分で上を見て遊んでるだけだよ」

と、とりあってくれませんでした無気力

(頭痛い、おでこ痛い、目痛いと泣いてるのに、そんなわけがない)


酷い時は一日数回。軽くても週に何度かはあって、そのたびに静かな環境で休ませたり、下を向くような作業(ぬりえやパズルなど)をさせたりして、どうにか過ごしてきたのですが、

色々あって思春期精神科に移り、新しい主治医も事情で病院を辞められて、代診のドクターがこのあたりではとても良い先生だと有名な方だったようで、

「それは副作用だよ。この薬を止めれば目も落ち着くよ」

と、あっさり精神薬を替えてくれまして。

以降、眼球上転は起こらなくなり、良かったねぇ次ちゃん! 今まで何だったんだろうねー? なんて言いながらのほほんと過ごしていました。


それが、去年の年末のことです。


明けて、今年の2月。

明け方に次女の遠吠えのような

「ぐあああああ」

という声で目覚めたら、両腕が突っ張った状態で天井に向かって持ち上がり、ベットが波打つほど次女の全身がガクガクと揺れていて。

顔を覗き込むと、口から泡を吹いていて。

咄嗟に『死んじゃう!!』と思って体を横向きにさせました。


まだ暗い夜明け前だったけれど、大声で長女を呼んで、二人で次ちゃんの名前を叫んで背中を叩いて……それでも次女は覚醒しなくて。

(目は開いていましたが、眼球上転の時のような焦点の合わない状態で、意識はないように見えました)

そのうちに痙攣が止まり、大きないびき呼吸に変わって、ああやっと治まったんだ……と安心したのですが、何度呼びかけても次女は目を覚ましませんでした。


数時間後に目を覚ました次女は、その日は日中何度も吐いて。

夕方には何事もなかったように元気になり、ご飯をパクパク食べていました。



痙攣発作というものを見たことがなかった私たちは、何か変なものを食べて食中毒でも起こしたんだろうか?なんて呑気に考えていたのですが。


6月、また同じことが起こりました。


やはり、明け方。

この時は、気付いたらもう意識のないまま吐瀉物に溺れるような状態になっていて。

パパが部屋にすっ飛んで来た時には、いびき呼吸に変わっていて。

やはり、呼びかけても起きない。うっすら目を開けてもまたすぐ眠り込んでしまう。

こんな寝方、次ちゃんはしないでしょ? 前に私が見たのも、こんな感じだったんだよ?と伝えて。


その数日後にたまたま精神科の通院があったので、相談したところ、そこで初めて

「痙攣発作でしょう。今度同じことがあったら、迷わず救急車を呼んでください」

と言われました。


痙攣発作……??

でも、次ちゃんは今まで2回脳波検査をしていて、てんかんの兆候はないと言われてきたけれど???



そして、先月、3回目の発作が来てしまいました。


この日、パパは九州に出張に行っていて。

たまたま長女が休みだったので、痙攣の状態を動画に撮ってもらいました。

痙攣、いびき呼吸、眠り込む……の流れは今までと変わりなかったものの、落ち着くのが早くて。

長女と、なんか今回は大丈夫そうだね〜なんて言ってるうちに、朝が来て。


三女をいつも通り登校させた頃、目覚めた次ちゃんは、

「頭痛い……作業行けれない」

と言っていたので、お休みしてもう少し寝よう?と声をかけたら、自分からベッドに戻り……


その後、長女とリビングで談笑していたら、

「ぐあああああ」

が聞こえてきました。


迷わず救急車です。


電話の向こうからは、

『もう救急車は向かってます。呼吸だけは確認してください。息は出来てますか?』

と何回か確認されました。


保険証、診察券、お薬手帳。

必要なものを電話越しに指示されてる間に、もう救急車のサイレンが聞こえてきて、ものすごくホッとしたのを覚えています。


病院やお医者さんが嫌いな次ちゃんが、ストレッチャーに乗せられてもうんともすんとも言わない。イヤーマフをしていないのに、サイレンを嫌がらない。

明らかに、いつもの次ちゃんじゃない………。


「お母さん、娘さんの靴を忘れずに持ってください」


救急隊の方に言われるまで、靴が必要なんて思いもしませんでした。


次ちゃんの診察券を丸ごと全部持って救急車に乗ったのは、正解でした。

月経過多で歩けないほど重度の貧血になり、診ましょう!と言ってくれた婦人科が国立病院しかなく、今年から通院してるその病院に、次ちゃんは搬送されました。

搬送中も意識がないまま何度も嘔吐しましたが、もう胃の中は空の状態で、ただただ苦しそうでした。


救急外来で抗けいれん薬を点滴してもらい、眠った状態でCTを撮り、服も入院患者の服に着替えさせられていました。


いつもなら、診察室に入るだけでも泣いて嫌がるのに!?


「点滴入れる時は、嫌がりましたよ〜」


看護師さんは、笑ってました。


当時、次女の意識レベルは30。

痛みに反応してどうにか目は開けるけれど、また眠り込んでしまう状態のことだそうです。


CTの結果、脳は綺麗で出血や梗塞もなくて、てんかんかどうかを診るには脳波検査が必要だけれど、今それは出来ない。ただ、血液検査では明らかに痙攣発作が起こったデータになっていると。

通っている精神科で、もう一度脳波検査をした方が良い。それまでに痙攣発作が起きたら、また救急車でここに搬送してもらうように。発作はだんだんと周期が短くなっていく、と。


そんな説明を受けてる間も、次女の嘔吐は止まらず、最後には血が出始めたので吐き気止めを点滴に入れてもらい、夕方やっと帰宅しました。

入院患者の服のまま、救急隊の方に「忘れずに」と言われて慌てて持って行った靴を履いて。


タクシーの運転手さんには、入院生活を嫌がる娘を連れて帰っちゃうアホな母親に見えたかもしれません爆笑




そんなこんなな出来事を経て、今週脳波検査を受けた次女。

今日、てんかんの診断が出ました。

抗てんかん薬の服用が始まります。


やっと、やっと、安心して眠れる夜が来ます。



ただ頭に電極をつけて眠るだけの検査に、


「痛いの! やあだ、いやだぁよぅ!!」


と叫ぶ次女を見ながら、

これがいつもの次ちゃんだよねぇニコニコと微笑ましく思ったのは、ここだけの話。

(痛くない! 全然痛くないから! おやすみなさいしないと家に帰れないよ!! と実際は大騒ぎでした)



『わざと目を上にやって遊んでる』

と言ってたドクター、今でも医者を続けてるのかしら。

今日の先生の説明では、隠れていたてんかんが処方された精神薬で刺激されて眼球上転が起きていた可能性もあるとのことでしたけど。


何年もその薬を飲み続けてしまったせいで、きっと苦しかったろうな……。

私も、もっと早く気付けば良かった。

2月の時点でこれは痙攣発作だと気付けば、こんなに苦しい思いをさせずに済んだかもしれないのに。


知識を持っておくこと。

アンテナを張っておくこと。

そして、セカンドオピニオンって大事です。




これからはお薬が良い方向に作用して、次ちゃんが辛くない日々になることを期待しています。