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ゆきぽんさんのブログ

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20日の日に私の右足がなくなりました。
感染症をもらったら命の保障が出来ないと主治医の先生に言われたから、苦渋の千択でしたが、下腿切断です。

幸いな事に血管の状態も良かったので、なんとか義足が着けれる様にと膝は残してくれました。

今まで、お世話になっていた形成外科の先生の判断のおかげです。

最初、整形の先生には義足を着ける夢は見るな❗って言われてたので、めっちゃ落ち込み死ぬ事も考えてました。

義足が着ける事が出来たらパラスポーツをするって言う夢、目標が励みになります。
徳島鳴門では障害者スポーツがあまりないので自分で立ち上げるしかないんだけど生きる目標の為に頑張ろうと思っています。

新年早々にショック。

ずっと右足の足底に出来てたタコからの潰瘍。一向に塞がる事もなく治療して来たんですが、形成外科の先生が一言。

骨が見えてるから、もう限界です。と今度、熱やら感染を起こしたら命の保障は出来ないと言われた。

この言葉の意味は、下腿切断もしくは大腿骨切断を意味します。


まったく痛みもないし、私とさしては飾りでもいいから切断せずに残して欲しい‼️

けど、病院的にはそういう事は許されないから、覚悟を決めなくてはいけない。

ひょっとしたら助かるかも知れない?っていう希望を優先して欲しいって。

13年もみてもらってた主治医の先生がいよいよ言う言葉だから全身の震え、涙が止まらない。

5年前にも、切断の話が出てたけど何とか治療して伸ばしてくれたから無茶は出来ないと。

考えれば考えるほど切断後の生活の不安がいっぱい。透析もしているから生存率も下がってくる。

痛い思いして周りの人が哀れみの目で見てくるのが耐えれない。誰も知らない所でひっそりと生きてくのがいい。徳島という所は障害者に対して好奇な目で見て笑ったり障害者差別をする土地柄なんですよ。


私が車椅子で公共機関を利用してた時もそう、中年のおっさんに車椅子のクセにバスに乗るな‼️って言われてバスの運転手さんや他の乗客に謝った事もありました。

それ以降、車椅子対応のバスに乗る事もなくなりましたが、そんな所やのに片足がなくなったら、またどんな嫌な思いをするのか不安でたまらない。

パラスポーツをしてる人たちは強いなぁ。

私はメンタルが弱いから生きて行くのが辛いかも知れません。

20日には足がなくなってしまうのに地獄のカウントダウンです。

年末に転けて打ち身の膝。
内出血が引かないので、足湯に来ました。
看護師さんが腫れが酷いからヒビでも入ってるんじゃない?って言うから益々痛い😖💥

入浴が辛いので、足湯で我慢しております。