しばらくして左目の視界に影があることに気付きました。
なんなんだろ~と思いながら
一向に良くなる気配がない・・・
ネットで調べたり友達に話したり。
なんとなく悪い情報ばかりを受け入れてしまう(・_・;)
こりゃ~網膜なんとかだな~
病院に行かないと・・・
と思い始めたころに、もうひとつ思い出したことが・・・
私の父は
網膜色素変性症
という病気を患っていました。
国に難病指定されていて、しかも遺伝するらしい。。
緊張感が走りました( ̄□ ̄;)!!
いろいろな妄想が・・・
失明になった自分まで想像しました。
今までの悪行の数々を心から反省する自分
いままで出会った人たちや環境に感謝する自分
なぜか、今生きてることに感謝し始めたm(_ _ )m
今までの行いからしたら試練は当たり前だと
変に納得する自分も。
でも内心はぐちゃぐちゃでした(T▽T;)
そして、もう一つ思ったのは父のこと。
私の少年時代はいわゆる非行少年で、
父とはぶつかってばかりでした。
殺し合いぐらいに・・・
でも父は偉大でいつも私のことばかりを考えている。
私が若年で独立したときも、すぐに手伝ってくれました。
手伝うどころか、それはすごく献身的なものでした。
事業は順調、拡大!
私は調子に乗っていました。
献身的な父に感謝するどころか、またしてもぶつかる始末。
やりたい放題でした。
当時は、私と父は仲が悪いんだと短絡的な解釈をしていましたが、
今思うと、何があっても子を思う父の心に、私は甘えていただけです。
そして父のハートをずたずたに引き裂いていた・・・
そんな父は、突然心臓発作で亡くなりました。
ひとりで家にいるときに。
享年67歳。
私が殺したんだ!
と思いました。
一家はバラバラになりました。
一家を支えていたのは私ではなく父でした・・・
父の偉大さと私のちっぽけさを思い知らされました。
そして今、この病気を煩っていたこと。
深く考えさせられます。
このとんでもないハンディを背負いながら私とぶつかり
支え続けてきたこと。
ますます、人としての偉大さを思い知らされます。
目がほとんど見えない中での人生だったと思います。
病院では待ち時間が長く、そんなこんないろんなことを
考えてしまいました。
そして順番がきて、所定の検査を終え、診察となりました。
「目の表面はきれいですね」
「今日は目の奥までしっかり調べますね」
事前の検査で何かが発覚したのだろうか( ̄□ ̄;)!!
瞳孔を開かせる目薬をしてしばらく待つ・・・
目がどんどんぼやける。
ここでも目が見えることの幸せを感じる。
緊張の再診察!
光をあてられて
「ここに見えますね~」
「右目にも出てきそうですよ~」
・・・・・・・
「心配ありません」
????
「年齢による目の垢みたいなもので問題ないです」
影はなくなりますか?
「そのうちに脳がみえないものと認識します」
年齢を感じさせられました。
しかし、絶望からの復活も感じました。
なんだかこれからが丸儲けな感じです。
これからやろうとすることに不安がありましたが
一気に消し去られました。
丸儲けですからとことんやろう!!
ていうか、私にはこの丸儲けになる出来事が数回あるんですがね!
たかが目に影があったくらいでと思うかもしれませんが、
私にとっては、この左目の影がかけがえのないものになりました。
それぐらいに私の心を揺さぶりました!!
目が見えることに感謝できたこと。
今までのことを懺悔し、周りに感謝できたこと。
そして何よりも父を強く思えたこと。
人は誰しもひとりでは生きられません。
そのことを深く認識したうえで、本当の自由に望まないといけません。
私は今まで、何度か絶望的な立場になったときがあります。
生まれてきたのが奇跡といいますが、私のすごいところは
このことを純粋に思っているところです。
生まれてきただけで相当に運が強いと思い込んでいます。
この純粋な思いが、いままでの絶望敵な立場を乗り越える
チカラとなりました。
信じれば人生なんとでもなります。
まずは自分の奇跡を信じよう!!
左目に感謝しつつ、この記事を締めたいと思います。
(*^o^*)/~

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