キン肉マン 技キメジェネレーター!
https://wazakime.muscleshot.jp/
こちらのデザインをやらせて頂きました。
会社の名前が出せないですが、メモとして。
実装の方々の挙動がかなりクオリティを上げていると思います。
自分のデザインがまだまだだったのを、ゲームチームのデザイナーさんの仕事を見て
改めて実感させられた年末。やっと形になったので、いろんな人に遊んでもらいたいです。
あまり伸びていないようですが。。。
ある若い友人へ
http://www.satonao.com/archives/2015/02/post_3568.html
www.さとなお.com
この文章にとってもほっとした。
人の言葉に感化されることは、悪いことではないと思うけど、
鵜呑みにしすぎることもよくいような気がしてて、
人の言ったことや、行動を崇拝しすぎることは、
自分を制限することにもなるようなきがしているから、
あまり人の言葉を使わないけど、
なんだか今の自分と言うか、
自分のこれまでと今の状況とを照らし合わせたときに
この言葉は支えになってくれるような気がした。
自分の今の生き方は間違っていない、かもしれないということが
自分自信飽きっぽくいろんなことに興味が出て寄り道してばっかりで
まっすぐ目的地につけなくて、目的地すらも曖昧になって
でもそれでも時間がかかっても、目的地に行かなくても、
探すこと、探求することが、目的なのでは、と言ってくれることは
とても勇気をもらえることだと思う。
周りの人がどんどん凄くなって、大きくなったときに
自分はどこにいるんだろうか、自分は何をすべきなのかを
人と比べないで、自分と向き合って考える。
それがいかに難しいことか。
でもそんなことを考える暇もなく進んでる人にはわからないことなのかもしれないと、
人が疑問に思わないことを疑問に思って、目的を変えることで
人とは違う道に進めるのではないか
と自分に言い聞かせながら、またすすまなくては。
http://www.satonao.com/archives/2015/02/post_3568.html
www.さとなお.com
この文章にとってもほっとした。
人の言葉に感化されることは、悪いことではないと思うけど、
鵜呑みにしすぎることもよくいような気がしてて、
人の言ったことや、行動を崇拝しすぎることは、
自分を制限することにもなるようなきがしているから、
あまり人の言葉を使わないけど、
なんだか今の自分と言うか、
自分のこれまでと今の状況とを照らし合わせたときに
この言葉は支えになってくれるような気がした。
自分の今の生き方は間違っていない、かもしれないということが
自分自信飽きっぽくいろんなことに興味が出て寄り道してばっかりで
まっすぐ目的地につけなくて、目的地すらも曖昧になって
でもそれでも時間がかかっても、目的地に行かなくても、
探すこと、探求することが、目的なのでは、と言ってくれることは
とても勇気をもらえることだと思う。
周りの人がどんどん凄くなって、大きくなったときに
自分はどこにいるんだろうか、自分は何をすべきなのかを
人と比べないで、自分と向き合って考える。
それがいかに難しいことか。
でもそんなことを考える暇もなく進んでる人にはわからないことなのかもしれないと、
人が疑問に思わないことを疑問に思って、目的を変えることで
人とは違う道に進めるのではないか
と自分に言い聞かせながら、またすすまなくては。
もうこの段階で3日たってる。
もうひけなくなってる。
9、
マスキングし、青い部分を黒くする
一応2本黒を買いました。
もうマスキングも相当早くなってきました。
カカトの部分が塗料が塗り重ね過ぎたからか、塗装により下地の色ごと溶け出してしまった。
染めQといえど厚塗りはやっぱり厳禁です。3色層になってりゃそりゃね。。
ちなみに履いてて若干やっぱりヒビが後ほどはいることになります。
この時はとりあえず拭き取って再度塗りました。
余裕があれば、リムーバーではがした方が良かったかもです。
余裕なかったけど。(この時点で深夜0:00)
さあてどうなったでしょう、、、!
じゃーん!!
黒光りーー!
すごいテカってる。素材が生きてます。
まあとりあえず履ける状態には鳴りました。
よかったよかった。
はみ出たところは、タミヤのラッカー薄め液で落ちます。
あとぬれてないところはマッキーで。
黒は楽でいいですね。
まとめ、
⚫︎染めQは余裕を持って買う
⚫︎なるべく同じ素材で染まったらどうなるかイメージする
⚫︎あまり塗り重ねない
と言うところでしょうか。
多分もうやらない。。
染めQをしらべて、これを読んでくれた人の、作品がいい方向に向かいますように。
頑張ってくださいね。
6、
ダークグレーを再度薄く吹く
ニューバランスの1600?とかであるグレーですね。結構安心するグレー。
7、
ブルーをぬる箇所意外にマスキングする
今度は先ほどグレーに塗った部分をマスキングします。
ここで粗地用の緑色のマスキングテープを買ってきたので貼ってみると、、、捗る捗る。。ガムテープなんかじゃなくて、これがベストでした。
「粗地用のマスキングテープ」
必須。
8、
パステルブルーの吹き付け
最初1本しか買ってなかったので、もう1本追加で買ってきました。気持ちの余裕が違います。最初から買っておきゃよかった。
何回かにわけ吹きます。
染めQは普通のスプレーより粒子が細かく垂れやすい気がします。
多少垂れても、染み込むので大丈夫。
上下からちゃんと吹かないと、靴の下向きの面がぬれてない、ということがあったので注意です!
キレイにぬれたぞー、わーこれはいいぞーかっこよくなるぞー、早くはがしたいなーー!!ワクワク。
つづく。
では染め作業のブログに入りましょう。
1、
脱脂
パーツクリーナーを使って、靴の表面の油を取ります、塗料の浮きを抑え、マスキングの食いつきをよくします。
2、
イメージする
完成予想図を描きます。本当はこの作業の前の数日ずーっと色を悩んで、amazonで染めQを買ってましたが。
こうすることにしました。
イメージは完璧でした。
ちなみにこれはピンクのスエードボディの993を色調補正で変えました。
本当は普通の光沢ある素材なのにね。。
3、
染めQの用意
パステルブルーx1
ライトグレーx1
4、
マスキング
普通のマスキングテープと食いつきを想定し、布ガムテープでやることにしました。染めQなら普通の塗料と違って表面ごと剥がれることはないので。
5、
スプレーをあっためる
約40度。
6、
グレーを塗る
白が若干濁ったくらいじゃないのか?
そうです、染めQを薄い色で染める場合、相当厚めに塗らないと色がなかなかでないのです。
薄い色で塗る場合、70mlを2本は買っておきましょう!!鉄則です。
そもそもライトグレーじゃなかったんじゃないのか??ということで、ダークグレーを購入。
続く。。。
この年だからなのか、、、
中途で今の会社に転職して、8ー9ヶ月、ディレクター陣からの評価や、業務での評価が良くないようで。。上との面談で言われ、そのあとまた同んなじようなことをチーフから言われ。
実力不足、とはっきりいわれちまいました。正直こんなに長い時間働いて必死にやって、実力不足と言われ(まあでも自分でも感じるとこはあり)もう頭が止まりました。
まあ言ってみれば、頑張りどころを間違えている、と言うかもっと伸ばさないといけないところをおざなりにしてきたからやたら時間がかかってしまっていた、というか。
この年の中途の会社員にはしっかりと解雇という影もチラつかされ、別にクビにしてくれても構わないんだけども、それより一体僕はいままでデザインの何を勉強してきたんだろうかなって疑問の方が大きくて。
というよりも僕よりもデザインをいっぱい勉強してきた人はたくさんいる、ってことだけなんだけど。
第一線で進んでる会社に入るってことは、普通じゃいられない、というか全員で意識を高く持ち続けることが要求されるんですね。。しんどかったら抜けるのは簡単だけど、また色々引きずって行かなきゃいけないんだな。。
生きてくことは欲深く、息苦しいのだね。
戦後の日本は輝いていた 海外が見つめた過去(画像)
あの頃の日本、戦後の日本、想像もできないような戦争というダメージを追ったあとに
一気に盛り上がっていく、大変ながらも生きることに必死だった日本。

この頃の、「働く」ということはまさに「生きること」であって、
家族を養ってったり、それがまたステータスだった。
はたらく、ということがとてもシンプルだったのではないだろうか。
いまでもとてもシンプルだとは思うけれども、このころと今では
考え方、見方、情報、が全く違っていてあらゆる可能性が開かれている。
それは自由、ということでもあるし、また自分で選ばないといけない、という意味も含んでいる。
子供は小さい頃から自分の将来をリアルに想像し、それを憂う。
情報、が多くの人間にシェアされるようになって、たくさんの恩恵が受けられるようになった。
その一方で、知らなくていいことまで知るようになって、もっともっと人は知りたくなった。
その結果、情報で自分が時として自由でなくなってしまう、可能性を自分でつみとってしまう
そんなことが起きているんではないだろうか。
あの頃はよかった、
ということじゃない。今の時代の方が僕はいい、でも、忘れてきていることが
たくさんあるんじゃないかとおもう。
いつまでもこの写真の子供たちのような目を忘れないようにしたい。

あの頃の日本、戦後の日本、想像もできないような戦争というダメージを追ったあとに
一気に盛り上がっていく、大変ながらも生きることに必死だった日本。

この頃の、「働く」ということはまさに「生きること」であって、
家族を養ってったり、それがまたステータスだった。
はたらく、ということがとてもシンプルだったのではないだろうか。
いまでもとてもシンプルだとは思うけれども、このころと今では
考え方、見方、情報、が全く違っていてあらゆる可能性が開かれている。
それは自由、ということでもあるし、また自分で選ばないといけない、という意味も含んでいる。
子供は小さい頃から自分の将来をリアルに想像し、それを憂う。
情報、が多くの人間にシェアされるようになって、たくさんの恩恵が受けられるようになった。
その一方で、知らなくていいことまで知るようになって、もっともっと人は知りたくなった。
その結果、情報で自分が時として自由でなくなってしまう、可能性を自分でつみとってしまう
そんなことが起きているんではないだろうか。
あの頃はよかった、
ということじゃない。今の時代の方が僕はいい、でも、忘れてきていることが
たくさんあるんじゃないかとおもう。
いつまでもこの写真の子供たちのような目を忘れないようにしたい。















