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それでは先の、続きからです。
3日後に、意識を取り戻した私は、、まずトイレに行きたくて仕方なかった。でも体が痛くて寝返りもうてず、尿瓶にもできず、とうとう管をとうすことになりました。しかし、それだけはどうしてもいやだったので、看護婦さん3人の力を借りて、痛さに耐えベッドから何とか立ち上がって、尿瓶にしました。約3本分尿が、出ました。そのとき看護婦さんが顔を背けていたことを、覚えています。
その後、警察の方から、私は崖から30メートル落ちて助かったのは、シートベルトをしていなかったからだと、聞かされ複雑な気持ちでした。なぜシートベルトをしていなかったのだろうかと自分に問いかけました。答えは出てきませんでした。ただ体の痛みとの戦いでした。
そして、両親と、姉夫婦がやってきて、第一声が、(金はどうするんだ??)どう、おもいますか??
そりゃたいした言葉は、期待していませんでしたけど、「金はどうするんだ??」これが、私の家族かと、思うと情けないやら、悔しいやら、結局私は、家族に取って、私は、いないほうがいいのだということが分かり始めていきました。
今思えば、私は、私は、家族からも他人からも、愛されていなかったと、思います。
それでも自分は愛されたかった。このころから、鬱であり、人間不信、自殺願望が強くなっていったと、思います。
それから、転院をして、姉夫婦の近く病院に、行きました。そこで知り合ったk氏とは、今でも付き合いがありますが、今現在は、ほとんど、連絡を取っていません。
そして、退院2か月家賃を滞納していたので、強制退去させられてしまいました。そこで、とりあえず、祖母の取り壊し寸前のアパートに、身を寄せ家賃を払い転勤先の近くの公団に、申し込みました。そのころから、心から笑えなくなり、自分は、いつも厄介者であるんだということも感じ始めていました。
そして、転勤先でパチンコにはまり、借金を500万ぐらい作り、運送会社のほかにボウリング場でも働いていました。そんな折、2度目の結婚(同棲していたのが親にばれたのがきっかけ)それでも何とか働き続け、最初のうちは、よかったのですが、だんだんとすれ違い最後には家を出ていかれました。理由は借金が予想以上にあったからだそうです。でも、僕からも、言わせてもらえば、彼女にも隠していた借金があったのですから、人のことは、言えなかったと、思います。
そして、また離婚、30代のころだったと思います。そこでも、また、何も知らない親兄弟から執拗に責められ「お前なんか崖から落ちた時に死んでればよかったんだ」とか、「何て子に育てたかわからない」とか、「兄弟の縁を切る」とか言われていました。
運送会社、ボウリング場が倒産、とうとう、私の神経が絶え入れなくなって、体が異常に震えだしました。そこへ、市役所から国民健康保険料の支払い請求書、所持金すべて持ってとりあえず、市役所へ行きました。なんでかは、自分でもわかりません。
すみません。今日はもう疲れました。
このあたりで筆を、おきたいと、思います。