5月WSのご案内
おはようございますyukiです![]()
GW毎年この月のついたちは
祖父の命日と義母の命日でもあります。
爽やかな五月の風を改めて肌に感じながら
様々な想いに偲び
感謝と共に一日をスタートさせます。
新年幕開け第二弾のようなついたち・・
なのかも知れません。
今月のWSのご案内です。
2013年5月パステルワークのご案内

5月 9日(木) 10:00~12:00 フローラル・幸(川越)
5月 14日(火) 10:00~12:00 隠房2階 (柳瀬川)
5月 15日(水) 10:00~12:00 隠房2階 (柳瀬川)
気になること
おはようございます yukiです
4月の中旬頃だったか
村上春樹の新刊「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 」が
書店で山のように陳列されている映像をテレビのニュースで見たとき、
とても気になっている自分がいた。
今までは「ムラカミハルキ」という名前の音の響きに
特に意識していなかったのだけれど
今回はなぜか気になって仕方がない。
実は前作の「1Q84」が本当のところ気になっていたのだと気がついた。
それとどうしたことか
いつも気になっていたこと。
「あのメロディはどこから来たのか。誰が弾いたピアノの旋律なのか。」
数年間さ迷っていた頭の片隅にあった あの一曲に巡り会えた。
確率的にはかなり少ないめぐり逢いであったと思う。。
その曲は ふと図書館で手にしたCD「ピアノ・ソリテュード*アンドレ・ギャニオン」の中の
一曲だった。タイトルはまさに「めぐり逢い」。
1Q84を読みながらアンドレ・ギャニオンをかけると
異空間に漂う自分がいた。
CDオンリーでも聞き飽きない最高の美しい旋律だと思う。

気になる水墨画へも久しぶりに行ってきました。
そしてピラティスも新年度に変わったので先生もところどころ変わり
マットピラティスから車のハンドルに似たリングを使った新しいピラティスが増え
気になってチャレンジしてみたら
翌日 思いのほか筋肉痛になってしまい
その筋肉痛の発症場所が今までにないところからひしひしと襲ってきて
筋肉の部位の多様さに改めて驚きました。
様々な話からも
筋肉を鍛えることは年を重ねて生きていく上で
かなり価値があるというのがわかりました。
いくつか「気になること」を綴ってみました。
お読みいただきありがとうございます


4月の中旬頃だったか
村上春樹の新刊「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 」が
書店で山のように陳列されている映像をテレビのニュースで見たとき、
とても気になっている自分がいた。
今までは「ムラカミハルキ」という名前の音の響きに
特に意識していなかったのだけれど
今回はなぜか気になって仕方がない。
実は前作の「1Q84」が本当のところ気になっていたのだと気がついた。
それとどうしたことか
いつも気になっていたこと。
「あのメロディはどこから来たのか。誰が弾いたピアノの旋律なのか。」
数年間さ迷っていた頭の片隅にあった あの一曲に巡り会えた。
確率的にはかなり少ないめぐり逢いであったと思う。。
その曲は ふと図書館で手にしたCD「ピアノ・ソリテュード*アンドレ・ギャニオン」の中の
一曲だった。タイトルはまさに「めぐり逢い」。
1Q84を読みながらアンドレ・ギャニオンをかけると
異空間に漂う自分がいた。
CDオンリーでも聞き飽きない最高の美しい旋律だと思う。

気になる水墨画へも久しぶりに行ってきました。
そしてピラティスも新年度に変わったので先生もところどころ変わり
マットピラティスから車のハンドルに似たリングを使った新しいピラティスが増え
気になってチャレンジしてみたら
翌日 思いのほか筋肉痛になってしまい
その筋肉痛の発症場所が今までにないところからひしひしと襲ってきて
筋肉の部位の多様さに改めて驚きました。
様々な話からも
筋肉を鍛えることは年を重ねて生きていく上で
かなり価値があるというのがわかりました。
いくつか「気になること」を綴ってみました。
お読みいただきありがとうございます


「愛」
おはようございます yukiです![[みんな:01]](https://emoji.ameba.jp/img/user/s0/s0111012/1822.gif)
確かに、今年の桜の花の見頃寿命は
例年になく長かったように感じました。
母なる地球エネルギーから発信された「人々の内なる愛の拡大」に対する計らいからくるものなのかもしれません。
さて 「愛の目的」は
限られた少数の人を愛することではなく 人生で巡り合うすべての人に対して
愛情深くあることなのだということを
人は心の奥深くで知っています。
愛は それ以下のものであってはならないということを
人は心のどこかで知っているのです。
普遍性をもつ深い愛情と たえまなく変化する個人的な感情に根ざした愛情とは 同じではありません。
「個人的な」というのは「ある特定の人間」との関係によって作り出された
異なる性質の感情を意味します。
感情的で個人的な愛情関係で失敗するのは「何かを得るために与える」ときです。
「得るために与える」のは 制限付の条件取引の愛情で それは取り引きに応じるとか 契約をする意思があるということ。
「私の心のなかで豊かに感じているこのエネルギーをあなたにあげましょう。そして私は一定期間待ちます。
でもあまり長くは待ちませんよ。あなたがそれを返してくれたと感じたら
私たちの間に愛があると私は解釈します」と言っているわけです。
人が与えてくれるのを待つことが
あなたを傷つきやすくするのです。
そうすると自分の気持ちを決定するパワーが他人に移ってしまいます。
期待していたものが得られた場合は
満足感と幸せを感じますが
得られなかったら 満たされない気持ちと不安を感じます。
意識を愛の感覚に向けるというとき それは必ずしも特定の出来事やだれかのことを思い出す、ということではありません。
それは いままであなたが何十回何百回もしたことを指しているのではないのです。愛を特定の人と結びつけて考えないでください。
愛の感覚、それだけです。
呼吸をしながらそれに意識を向け
そして愛の感覚を取り入れることで次第に愛の神秘が浸透してくるのです。
お読みいただきありがとうございます。
![[みんな:01]](https://emoji.ameba.jp/img/user/s0/s0111012/1822.gif)
確かに、今年の桜の花の見頃寿命は
例年になく長かったように感じました。
母なる地球エネルギーから発信された「人々の内なる愛の拡大」に対する計らいからくるものなのかもしれません。
さて 「愛の目的」は
限られた少数の人を愛することではなく 人生で巡り合うすべての人に対して
愛情深くあることなのだということを
人は心の奥深くで知っています。
愛は それ以下のものであってはならないということを
人は心のどこかで知っているのです。
普遍性をもつ深い愛情と たえまなく変化する個人的な感情に根ざした愛情とは 同じではありません。
「個人的な」というのは「ある特定の人間」との関係によって作り出された
異なる性質の感情を意味します。
感情的で個人的な愛情関係で失敗するのは「何かを得るために与える」ときです。
「得るために与える」のは 制限付の条件取引の愛情で それは取り引きに応じるとか 契約をする意思があるということ。
「私の心のなかで豊かに感じているこのエネルギーをあなたにあげましょう。そして私は一定期間待ちます。
でもあまり長くは待ちませんよ。あなたがそれを返してくれたと感じたら
私たちの間に愛があると私は解釈します」と言っているわけです。
人が与えてくれるのを待つことが
あなたを傷つきやすくするのです。
そうすると自分の気持ちを決定するパワーが他人に移ってしまいます。
期待していたものが得られた場合は
満足感と幸せを感じますが
得られなかったら 満たされない気持ちと不安を感じます。
意識を愛の感覚に向けるというとき それは必ずしも特定の出来事やだれかのことを思い出す、ということではありません。
それは いままであなたが何十回何百回もしたことを指しているのではないのです。愛を特定の人と結びつけて考えないでください。
愛の感覚、それだけです。
呼吸をしながらそれに意識を向け
そして愛の感覚を取り入れることで次第に愛の神秘が浸透してくるのです。
お読みいただきありがとうございます。





















