どーもー、へみぃですハムスター


2018年08月25日産まれのピョン吉の成長入院記録ですカエル




あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと


救急隊員に、


「お母さんは一緒に来てください」


と言われてついていきました。


一緒にエレベーターに乗ると、

救急隊員の一人が若い女性で、かつ美人であることに気づく。



その美人は、涙目になってる私を見て優しく微笑み、


「お母さん、びっくりしましたよね
こんな大げさに運んでね。
救急車で運ぶとすぐに検査できるんでね、
心配ですけど、救急車で運ぶのが一番なんでね」


と私の気持ちに寄り添ってくれました。


産院からの搬送に慣れているんだろうか。


ただでさえ、なにもしなくても涙が止まらない状態なのに、そんな優しさに触れたらもっと泣けてきました。





受付を通り抜ける。
診察前だったか、人が少なめでよかったけど、
やっぱり視線が痛い。。。







初めての救急車。
サイレンが鳴る。
こんなときでもサイレンって鳴らすんだな、と思った。



できれば一生乗りたくなかった。

ましてや、子供のことで乗ることになるなんて。



保育器のピョン吉はスヤスヤ穏やかに寝てる。
可愛い。
こんなに穏やかなのに、なにか異常が・・?
また泣く私。
ハンカチがすでに涙と鼻水でビショビショ。




救急車で到着した病院では、

ピョン吉は検査のために私の目の届かないところへ。(NICUで血中酸素濃度が低い原因を調べるため)


こんな風に赤ちゃんと引き離されるだけで
産後まもないメンタルはズタボロ。


もう二度と会えなかったら。

重大な病気が見つかったら。





少し離れた待合室というより、談話室で一人待つことに。


産科とNICUが隣接しているため、

切迫早産(想像だけど)で入院してる妊婦さんとか


検査入院してる女性が電話してました。






こういうときってだれもいて欲しくないですね。



ピョン吉が転院と告げられてから初めて一人になったことで、ネガティブ思考の嵐。


歯をくいしばり
声を押し殺して、

ハンカチで顔を隠しながら


思いっきり泣きました。






しばらくして夫到着。

私が泣いてるのを見て、私よりは楽観視しているのか

「大丈夫だよ」と背中をさすってくれる。




「赤ちゃん、死んじゃったらどうしよう」



って言ったら

楽観視してた夫の顔がみるみる曇り
私の背中をさすりながら
夫も涙目になりました。



夫はそんな可能性までは考えてなかったのかも。
ごめんね。。。




何時間にも感じるピョン吉の検査時間。


夫は見てくる、と言ってNICU前をウロウロ。


私は骨盤も会陰も出産で悪化した痔もガタガタな体のためうまく動けず。。








検査は大体1時間半くらいで終わりました。




あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと


この日を思い出すだけで


いつも体温が下がる気がするほど血の気ひく。


もし私が総合病院で出産してたら転院ではなく、
転科になるので

救急車で運ばれるなんて大きなことにはならずに

あそこまでネガティブになることもなかったのかなと思います。

そんなことを考えると、2人目は総合病院かなぁ。。。



どーもー、へみぃですハムスター


ピョン吉の転院、思い出すのが辛すぎて
更新が滞りました。
早く楽しいこと書きたい。


2018年08月25日産まれのピョン吉の成長入院記録ですカエル



あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと 



転院先の医療センターは、産院から車で10分強くらいの病院で

産院と転院先の間には実家があり、

近い病院でありがたかったです。







準備を終え、ナースコールでその旨を伝える。



「わかりました、救急車を呼びますので
ナースステーションまで来てください」




救急車に乗れるのは私一人だけ。


母にもすぐに来てもらい、夫は母と車で、救急車の後ろをついていくことに。



ナースステーション前のソファで待機していると

救急車の音が近づき、救急隊がナースステーションに到着。




救急搬送するガラガラあるのわかりますかね?


あれが救急隊によって運ばれてきて


保育器に入れられた小さくてスヤスヤ眠る生後3日目のピョン吉がそのガラガラの上に乗せられました。






あの光景は一生忘れない。





なんてことになってしまったんだろう。


たった3日しか経っていない赤ちゃんがこんな風になってしまうなんて。



涙が止まりませんでした。








そして悲しみにくれてる私の隣で驚くべきことが起こった。









同じ産院に入院しているママさんが、




ソファの前で号泣して立ちつくしてる私の右隣に座ってきた。
(私はソファに座って待っていて、救急隊が来たときに立ち上がっていました。
ソファの左隣には夫も母も立っている)












要は、

やじ馬。








生まれたての赤ちゃんが救急搬送されてて絶望してる母親の隣に、平然と座る。

その、あからさまなやじ馬根性。










おいおいおいおい、

見てんじゃねーぞ


って本当に本人に言おうかと思ったくらい腹がたちました。

その母親は、私が救急隊についていき、
エレベーターに乗るまで
つまり、私がいなくなるまでずっとそこにいました。


呆れるわー
その行動。


ナースステーションの隣は新生児室。
その隣には授乳室。

座るところなんていっぱいある。

私が座ってたナースステーション前のソファは、基本的にお見舞い客とか退院とかのときに一時的に使うものだから、

入院中のママが座る用事なんてない。

思い出してもムカムカする。(恨みは忘れない、ねちっこいタイプです。)
名前知らなくてよかった。
公開したいぐらい。←やりすぎ








その母親に告ぐ。




自分勝手な興味本位の行動によって

私は傷つきました。

たとえ、あなたが心から心配してたとしても

私には、
「なになに?救急搬送?ウケるwwかわいそww」


って思われてるとしか思えなかった。




申し訳ないけど、呪ったよね。







そういうことしてると


お前もいつか同じ経験することになっからな!









呪いすぎ?
気にしすぎ?
怒りすぎ?

生まれたばかりの赤ちゃんの救急搬送されてるのを見る母親の気持ちって
経験したことない人でもどんだけの気持ちかわからないもの?



その母親の行動が理解に苦しむのは私だけなのかな。。。





どーもー、へみぃですハムスター

8/25産まれのピョン吉の成長入院記録ですカエル


あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと


前回のつづき。


黄疸治療について医師から説明があると思っていた私は、足元から血の気が引くことを言われました。

 




「出産当日の深夜1:00にチアノーゼを起こした後、


授乳時以外サチュレーションをつけて状態を観察していたところ


血中酸素濃度が低いままにあるので


小児科がある医療センターに相談して転院の必要があるかの指示を仰ごうと思う。」




黄疸のことも言われましたが

それどころではなく

何か質問ある?にはなにも答えられませんでした。



転院・・

 

この病院で一緒に退院するつもりでいた私は、

パニックを起こし、

泣きながら夫が待つ入院部屋へ。





夫は意外にも冷静に私の話を聞いてくれ、

とりあえず待とう、と背中をさすって落ち着かせようとしてくれました。






しばらくして、

看護師さんと先生が部屋まで来て



「医療センターに問い合わせたところ、

検査した方がいいとのことでしたので赤ちゃんは転院となります。

救急車で搬送しようと思います。

救急車にはお母さんだけであれば乗れます。

準備できましたら救急車呼びますので

ナースコールでお知らせください。」




救急車・・





すでにキャパオーバー。



パニックながらも準備をすすめました。



あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと
どーもー、へみぃですハムスター

8月25日産まれのピョン吉の成長入院記録ですカエル



あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと

星産後3日目



今日から完全同室!!デレデレ

夫とウキウキワクワクしていました。



朝の授乳を終えたあと、助産師さんに


黄疸の値に引っかかってしまったことを伝えられる。

あとで医師から説明があるから8:30に新生児室へ来いと言われる。




朝食を食べながら、黄疸について夫と会話。



黄疸てなに?
処置ってどんなことするの?
なにか副作用あるの?




よく聞く黄疸治療について、私は心配してませんでしたが、
夫はきっちり理解しておきたいタイプなので
ちゃんと上記を聞くようにクギをさされました。




少し待たされて
医師に呼ばれ、告げられたのは






黄疸治療のことだけではありませんでした。。。。



むしろ黄疸の話はどうでもよくなった・・




あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと
どもー、へみぃですハムスター


8/25生まれのピョン吉の成長入院記録ですカエル



あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと

星産後1日目


今日から、産院のスケジュールにのっとって

授乳練習が始まります。




朝、新生児室へ行こうと準備していたら


ナースコールで


「医師から話がありますので、
パパも一緒にナースステーションまで来てください」



と言われました。






医師から話??








よくない話・・・・・・?








ドキドキしながら夫とナースステーションへ向かいました。





ナースステーションへ行き、


案内されたところには


保育器に入ったピョン吉が・・・・






え?




と言葉を失います。




本人は元気そう。







医師からの説明では、




「昨夜午前1時頃に、顔が黒くなって
赤ちゃんうまく酸素が吸えなくなったので
保育器に入れました。

その後、同じようなことは起きていないのですが念のため、本日の午前いっぱい様子見て、変わらないようでしたら
保育器から出していきますので
またご連絡します。
お部屋でお待ちください。」




新生児にはよくあること、という説明も受けました。


このときは一瞬えっとなったものの、
大丈夫だろうとそこまで悲観していませんでした。







その後、ピョン吉は保育器から出され、


授乳スケジュールどおりにこなすことができたので私の意識は授乳でいっぱいとなり


一度起こしたチアノーゼについては
泣いたときに顔色を気にする程度の心配しかしておりませんでした。







今思えば、新生児室に預かられている間、

ピョン吉だけが常にサチュレーションをつけられていたのに。






あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと


どーもー、へみぃですハムスター

2018年8月25日 男の子(ピョン吉)を出産しました。


現在、初めての育児に追われています。

これより育児ブログになります星





実はピョン吉なのですが、生後3日目にして

NICUに転院することになりました。。。





今は、もう退院して

今のところ問題なく過ごせているのですが




完全同室することなく離れていってしまったため、

私のメンタルがズタボロ。。。。




当時のことを思い出すだけで涙が出ます。



救急車に運ばれる生後まもない我が子


検査結果を待つ間、もしかしたら死んでしまうのかと思ったあの時間



産後まもないあまり出ない乳を絞って
NICUまで運んだ孤独な気持ち



退院のときピョン吉がいない寂しさ






夫がもともと出産後一週間は会社休んで

一緒に過ごしてくれることになっていたため

なんとか持ちこたえることができましたが、

夫が東京に戻らなくちゃいけない日は

寂しくて心細くて、、、、







そんなピョン吉の入院生活を振り返りたいと思います。。。





どーもー、へみぃですハムスター

(私のなかで)壮絶な出産を終えたあとの思いを載せた記事です。



あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと


8月26日  午前5時、

アドレナリンが出ているのか

2時間前から目覚めてしまい眠れないzzz


ピョン吉とは産んだあと3時間くらい一緒に過ごして昼くらいから別室。



夫と泥のように昼寝して、夕飯して
談笑して眠りにつきました。




妊娠中は、それほど母性本能が湧き出てきた感じはなかったけど

ピョン吉を見た瞬間に、
愛しくて愛しくて愛しくて仕方がなかった酔っ払い



夫もしかり。

小さめで産まれたこともあり、
泣き声も小さく
泣いてても可愛い、寝てても可愛い、



可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い
DAIGOか


早く会いたいよー!







妊娠のゴール(出産)には無事たどり着いたけど 
育児は今日からスタート。



きっと、悩みがつきず
可愛いって思える余裕がなくなる前に
この気持ちを忘れたくなくて、

記録しました。







夫へ。


最後まで立ち会ってくれてありがとう。
助産師さんいわく安産の方って言われたけど
私たちにとっては壮絶な24時間だった・・。
見てるの辛いだろうなって(特に娩出期)思ったけど
立ち会ってよかったって言ってくれて嬉しかった。
ピョン吉がやっっっっと出て来てくれたとき
泣いてたね。感動したって言ってたね。
2人で手取り合ったね。

これから一緒に頑張っていこう!よろしく!



どもども、へみぃですハムスター

育児に追われていて、更新が滞ってまふニヒヒ



さてさて、

予定日の8/21より早く産みたいと思っていろいろ努力したにもかかわらず

ぜんっぜん出て来てくれないピョン吉くんカエル


やっときた出産当日を振り返ります星


でも、もうすでに詳細を忘れてきちゃってるもやもや



あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと



前駆陣痛で帰された日から少し経った

8/24の夜中、どんどん痛みを強く感じるように。

病院に電話して、朝9時の診察を受けに病院へ。


また前駆だと言われたら嫌なので


なるべく我慢して我慢して病院に行った方だと思ってました。
(が、実際はここから24時間かかります・・)



そしていざ診察!

前回の診察で0.5cmだった子宮口が1.5cmに!




いよいよ陣痛始まったでしょう、ということで晴れて入院ということになりました!


夫にも連絡メール


飛行機がすでに満席だったので、

キャンセル待ちして15時につくようにしてくれました。




その間、私は陣痛が促進されるように足浴させてもらったりしていました酔っ払い気持ちよかったー





でもここからも、長かった。。。



陣痛室にいたけどなかなか子宮口開かないので
入院室に移動してなるべくリラックスするように言われました。

移動後、夫も到着し、



あー間に合ったよかった、あとは子宮口開くのみ、というところでしたが





夜の23時まで苦しんだものの、



子宮口1.5cmのままゲロー



眠剤を処方されて、
助産師さんに、もしかしてこれも前駆ですか?って聞いたら

子宮口開いていかないからそうかもしれない

って言われて、明日も開かないのなら一時帰宅を示唆される。。。



ちょっと泣く私。。。
こんなに痛いのにまだ前駆?!また前駆?!
また帰るの?!夫も来てくれたのに。。

ちょっと絶望する私。。。





眠剤飲んでも痛い

痛い痛い痛い


眠れない。





午前3時、あまりの悶絶ぶりに隣で寝ていた夫がなにかを察したのか

助産師さん呼ぼうって言われた。


でも私はまだ前駆って言われたくないからまだ呼ばなくていいと言ったけど


夫は苦しむ妻の様子にたまらず助産師さん呼ぶ。







助産師さん内診・・・




「へみぃさん!子宮口開いてますよ!3cm!」






へみぃ号泣



ううぅ、やっっっっっと始まったのかー
明日帰らんですむーーー





そこから夫と陣痛室に移動



ここからも、長い。。。






正確な時間は覚えてないけど朝方まで子宮口は開いていったんだけど、


最後の


子宮口10cm
破水


へなかなか進まず、助産師さんのグリグリで

促してもらったと思います。。。

思い出して血の気ひくー








そしていよいよ分娩室へ。




ここからも長い。。。




体力がなくてなかなかいきむのが上手くできませんでした。。。




夫をちらっと見ると、夫もめちゃくちゃしんどそう

ずっと付き添ってくれてて、なかなか生まれなくて
私が苦しむのを見て苦しんでるのがわかって


ごめん、立会い希望って言ってごめん
こんなに壮絶なんて知らなかったー


って痛みの合間に思っていました。



意識朦朧としてたけど尿管いれられたときに

夫が顔を歪めながらそらしてたのは冷静に見えてて

夫からの目隠し用に足にかかってたタオルが落ちかけたので、それを自分で掛け直しました。


それに気づいた夫は私の手をギュッと握ってくれたのは覚えています。







何回いきんだかわかんないけど

全然出てきてくれない。





助産師さんの力も借りてるにもかかわらず

出てきてくれない。






最後の最後に医師登場したときは


ちょっと安心しました。

終わる、やっと終わるーーーー







最後は、会陰切開し、吸引分娩。


赤ちゃんしんどいサインが出てきたので


酸素マスクされながらも





やっっっっっっとの思いで出てきてくれました。



一旦泣いたあと、羊水飲んだのか少し医師と助産師が赤ちゃんになんかしてて




そして私の方へ。



その間、夫をちらっと見ると


夫が感動して泣いてました。



私は感動よりやっと終わった感で呆然としてましたが、夫の涙を見て

あー、赤ちゃん産んだんだ
ついに産んだんだ


という感動がじわじわきました。








本陣痛も、
子宮口全開も、
破水も、
娩出も、


全部人の力を借りないと進まなかった

私の不甲斐ないお産でしたが、


なんとか夫と私の宝物を無事産むことができて良かったです。



助産師さん曰く、安産な方って言われたときには卒倒しかけましたが、

まぁ促進剤も危うかったですが使わなかったし
緊急帝王切開にもならなかったので

安産なほう・・なのかもなぁ。



ひと仕事終えました〜




あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと


どーもー、へみぃですハムスター

2018年8月25日 男の子(ピョン吉)を出産しました。
その妊娠記録を振り返ります。




あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと

なんやかんや40週になってしまいましたゲロー


ウォーキングをお休みしてたおかげか、
膝痛もだいぶよくなり、ウォーキング再開。


この頃になるとようやくお腹が張る機会が多くなり、夜中には前駆陣痛らしきものを感じるようになりました。


このまま陣痛につながれ、つながれと
思っていても気付いたら寝ていて
目覚めたら痛みが遠のいていてがっかりという夜を繰り返していました。



しかもやっかいなのが、
本来、前駆陣痛と陣痛の違いは

規則的かそうじゃないか・・・

 


しかし、
私が感じてる前駆陣痛は、規則的なのでした。。





8月22日 朝
この日ばかりは、少し様子が違いました。
いつも朝、遠のく痛みが朝も続いていたのです。

いよいよ・・!

と思い、東京にいる夫へスタンバイ連絡。


病院へ行き、陣痛室にて診察を待つことに。





しかし、診察時間となり
診察したところ、

子宮口、0.5cm開いてるけど

前駆陣痛かもしれないとのことで

一旦、帰宅ゲローゲローゲロー
0.5cmて・・・




夫も空港へ向かってもらってましたが、

途中下車してもらい

様子見へ。。。



結局この日から、3日間は前駆陣痛による痛みで

本陣痛にはつながりませんでした。




早く出てこいやー




 なかなかのマイペースぶりのピョン吉くんでした




あしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあとあしあと