その 2
「お母ちゃんな、この家を出て行くらしいぞ」
一歳の誕生日を向かえたばかりの末娘を抱き上げながら、いつも通りの
会話のノリで子供達にそう告げた。
事実のままに話そうとそれだけは決めていたが、一人一人の顔を
見ることはやはり出来ず、はしゃぐ娘をあやすフリをした。
「えっじゃあもう、お母ちゃんと会えなくなるの」
反応した次男坊を中心に子供達の眼が、末娘を高くかかげる
私の横顔とらえ様子をうかがった。
「そんなわけはないさ、会いたいときは会いに行けばいいし
お母ちゃんがいいって言ったら泊まりにも行けばいいさ」
用意しておいた言葉をただ淡々と発する事が、子供達を警戒させぬ最善の
方法だと信じた。
「そっか-、そんならいいや-」
「そうだね-」
「お母ちゃんどんなとこに住むんだろうね-」
止まりかけたかのように思えた時の流れが、またいつもの速度にかえり
私の中で張りつめていたものが緩んでゆくのが解った。
子供達の反応は決して予想外ではなく、想定の範囲内でもあった。
実際、通代は母親としては失格であった・・
一歳の誕生日を向かえたばかりの末娘を抱き上げながら、いつも通りの
会話のノリで子供達にそう告げた。
事実のままに話そうとそれだけは決めていたが、一人一人の顔を
見ることはやはり出来ず、はしゃぐ娘をあやすフリをした。
「えっじゃあもう、お母ちゃんと会えなくなるの」
反応した次男坊を中心に子供達の眼が、末娘を高くかかげる
私の横顔とらえ様子をうかがった。
「そんなわけはないさ、会いたいときは会いに行けばいいし
お母ちゃんがいいって言ったら泊まりにも行けばいいさ」
用意しておいた言葉をただ淡々と発する事が、子供達を警戒させぬ最善の
方法だと信じた。
「そっか-、そんならいいや-」
「そうだね-」
「お母ちゃんどんなとこに住むんだろうね-」
止まりかけたかのように思えた時の流れが、またいつもの速度にかえり
私の中で張りつめていたものが緩んでゆくのが解った。
子供達の反応は決して予想外ではなく、想定の範囲内でもあった。
実際、通代は母親としては失格であった・・
その 1
~桜を見上げるタンポポ~
その年の桜もまた綺麗だった・・
いや、ただ格別に忘れられぬ桜となったが為そう思うのかもしれない。
すべてはあの、桜咲く空の下で始まったのだから・・
「私、出て行こうと思うんだけどいいかな」
後部座席ではしゃぐ子供 達の声を、かきわけるように耳に入ってきた。
「出て行くって・・子供達はどうするつもりなんだ」
思わぬ不意打ちに、動揺する自分をハッキリ認識する前にと即座に返した。
「子供は、みんな置いていこうと思うの」
通代(みちよ)は少し小声で、しかし強い口調でそう言った。
窓の外には桜の並木が長いトンネルをつくり、土手沿いの一本道を
覆っている。
すれ違う二台の車がやっとのこの道は、引き返すには幅がなく
止める場所もなくただ走り抜けるしかなかった。
「そうか、そうだろうな」
努めて平静を装う事で、傷ついた自尊心の露呈を防いだつもりだった。
自分は今どんな顔をしてハンドルを握っているのだろう・・
そう思う眼にうつる桜は青空に映え、私の想いなどには関係なく
どこまでも美しかった。
この日が、三十代半ばで向かえるまさしく人生の転機であった。
その年の桜もまた綺麗だった・・
いや、ただ格別に忘れられぬ桜となったが為そう思うのかもしれない。
すべてはあの、桜咲く空の下で始まったのだから・・
「私、出て行こうと思うんだけどいいかな」
後部座席ではしゃぐ子供 達の声を、かきわけるように耳に入ってきた。
「出て行くって・・子供達はどうするつもりなんだ」
思わぬ不意打ちに、動揺する自分をハッキリ認識する前にと即座に返した。
「子供は、みんな置いていこうと思うの」
通代(みちよ)は少し小声で、しかし強い口調でそう言った。
窓の外には桜の並木が長いトンネルをつくり、土手沿いの一本道を
覆っている。
すれ違う二台の車がやっとのこの道は、引き返すには幅がなく
止める場所もなくただ走り抜けるしかなかった。
「そうか、そうだろうな」
努めて平静を装う事で、傷ついた自尊心の露呈を防いだつもりだった。
自分は今どんな顔をしてハンドルを握っているのだろう・・
そう思う眼にうつる桜は青空に映え、私の想いなどには関係なく
どこまでも美しかった。
この日が、三十代半ばで向かえるまさしく人生の転機であった。
