山があった村のハムハムグッチ。
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その 2

「お母ちゃんな、この家を出て行くらしいぞ」
一歳の誕生日を向かえたばかりの末娘を抱き上げながら、いつも通りの
会話のノリで子供達にそう告げた。
事実のままに話そうとそれだけは決めていたが、一人一人の顔を
見ることはやはり出来ず、はしゃぐ娘をあやすフリをした。
「えっじゃあもう、お母ちゃんと会えなくなるの」
反応した次男坊を中心に子供達の眼が、末娘を高くかかげる
私の横顔とらえ様子をうかがった。
「そんなわけはないさ、会いたいときは会いに行けばいいし
      お母ちゃんがいいって言ったら泊まりにも行けばいいさ」
用意しておいた言葉をただ淡々と発する事が、子供達を警戒させぬ最善の
方法だと信じた。
「そっか-、そんならいいや-」
「そうだね-」
「お母ちゃんどんなとこに住むんだろうね-」
止まりかけたかのように思えた時の流れが、またいつもの速度にかえり
私の中で張りつめていたものが緩んでゆくのが解った。

子供達の反応は決して予想外ではなく、想定の範囲内でもあった。
実際、通代は母親としては失格であった・・

その 1

~桜を見上げるタンポポ~

その年の桜もまた綺麗だった・・
いや、ただ格別に忘れられぬ桜となったが為そう思うのかもしれない。
すべてはあの、桜咲く空の下で始まったのだから・・
「私、出て行こうと思うんだけどいいかな」
後部座席ではしゃぐ子供達の声を、かきわけるように耳に入ってきた。
「出て行くって・・子供達はどうするつもりなんだ」
思わぬ不意打ちに、動揺する自分をハッキリ認識する前にと即座に返した。
「子供は、みんな置いていこうと思うの」
通代(みちよ)は少し小声で、しかし強い口調でそう言った。
窓の外には桜の並木が長いトンネルをつくり、土手沿いの一本道を
覆っている。
すれ違う二台の車がやっとのこの道は、引き返すには幅がなく
止める場所もなくただ走り抜けるしかなかった。
「そうか、そうだろうな」
努めて平静を装う事で、傷ついた自尊心の露呈を防いだつもりだった。
自分は今どんな顔をしてハンドルを握っているのだろう・・
そう思う眼にうつる桜は青空に映え、私の想いなどには関係なく
どこまでも美しかった。
この日が、三十代半ばで向かえるまさしく人生の転機であった。