久しぶりにアイポットに入っている中の一枚を選び、車内に流した。
選んだのは16歳の頃から何年間も飽きずに聴き続けていた曲だ。
曲が黙々と流れていくのと同時に古びた記憶が猛スピードで沸き上がり、あの頃の事がたくさん頭を過ぎる。
賑やかに耳に響く曲に、おサルはしばらく聴き入った。
…昔はこの歌と一緒に合わせて歌った。
歌詞の内容など気にもとめずに大きな声を張り上げてノリノリで歌っていた。
だけどあの頃より幾つもの歳を重ね、遥かに大人になっから改めて聴く懐かしの歌は、あの頃とはまるでその色を変えていた。
『あぁ…そうか。こんな内容の歌だったんだ…。』
大人になって初めて解る深い深い歌詞の意味。
気がつけば、その沢山の熱い言葉達の中から今、自分が必要とするような言葉を無意識に拾い集めていた。
すると突然、ふと何かに気がつけたような気がしてハッとした。
生きる事だけに一生懸命だったあの頃。
今の自分はどう変わっただろうか…。
いつからか《意味》を探し、それに向かって歩いている。
楽しいとか幸せとか…そんな瞬間的な感情よりも、やるべき理由とやるべき意味を見つけ出し、そこに一直線に歩こうと力んでいる。
本当は自分に自信がなくて、生きる為の口実がなきゃ前が見れなかった。
だから何よりも使命感が欲しいと思ったし、それが無ければ不安でもあった。
そんな事を思いながら、いつの間にか、この存在を有用できる方法…《生きる》を《活きる》にする方法を考えていた。
俺は一生懸命でいたい。
それには何に対してではなく、自分の力や能力の全てを全部ここへ消費するつもりで、必死で前に進めばいいのだと思った。
活きながら生きるのだ。
意味はいらない。
《俺》が、ただ活きればいい。
