最後の日②(第17話) | for Dear Mother

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今だから話せるロックギタリスト・ハマハチと今は亡き母親との270日 癌闘病物語

俺は猛ダッシュでエレベーターに向かい、すぐに開かないエレベーターのドアにいらつきを感じていた。

恐らくエレベーターが来るまで10数秒くらいなものであったと思うが、その時は何十分も待たされているような、錯覚に陥った。

エレベーターが開き、おふくろがいる6Fまで、途中の階で止まることはなかったが、

これがまた普段の何倍もの時間に感じた。

俺は6Fに到着するまで、いてもたってもいられず

「おふくろー!待ってろよ!」

とはっきり、何度も口に出していた。

エレベーターが6Fに着き、ドアがわずかに開いた瞬間、俺はドアをこじ開けておふくろの病室へと

再び猛ダッシュした。

病室に入ると、弟が無意識のおふくろに叫び続けていた。

「おふくろー!おふくろー!」

俺もすぐにおふくろの手を握り

「おふくろー!死ぬな!おふくろー!」

既に心電図は健常者のそれではなかった。

その頃、病室に主治医が現われた。

俺はおふくろを抱きかかえて必死に叫び続けた。

おふくろは既に虫の息だったが、心電図はまだ「ピッ・・・ピッ・・・」と間隔は長いながらも

まだ頑張っている。

「おふくろー!頼むから死ぬなー!頑張ってくれー!おふくろー!まだ俺は親孝行してねーぞー!」

ただただひたすら叫び続けた。

人間は死ぬ時、一番最後まで機能しているのが聴覚であるという話を以前聞いた事を思い出し

抱き上げたおふくろの耳に向かい更に叫び続けた。

俺や弟が叫んでいる後ろで心電図の音が「ピッ・・・ピッ・・・」から「ピーーーーーー」へと変わった。

病室は一瞬静まりかえった。

主治医がおふくろの脈を確認し出して、しばらくすると主治医は俺に向かい深々と頭を下げた。

「嘘だろ!?おふくろー!おふくろー!」

今まさに天国へと旅立ったおふくろに俺は泣き叫びながら体を揺さ振り頬を叩き

俺の胸に抱き寄せた。

「目を覚ましてくれー!おふくろー!うそだー!うそだよなー!?おふくろー」

おふくろを胸に抱きかかえ、俺は泣き崩れた。

そして、今起きている現実を全く理解出来ていなかった。

いや。理解しようとしていなかった。

これは夢だ。間違いなく夢だ。

おふくろというのはいつまでも死なないものなのだ。

俺の心は完全に崩壊してしまった。


2001年11月8日 午後2時頃

俺のたった一人の、本物の味方であり、最大の理解者である最愛のおふくろが天国へと旅立った。

享年57歳


放心状態でその場に座り込んでしまっていると、看護婦さんが

「今から、お母さまを綺麗にしますのでお部屋の外で少しお待ちいただけますか?」

そう言ってきた。

俺は、おふくろと離れる事を拒み、

「俺だけは立ち会わせて下さい」

と言い、部屋に残った。

まず、看護婦さん2人がおふくろの体の穴という穴全てに綿を詰めだした。

手慣れているものの、鼻の穴への綿詰めが少し荒っぽくかんじたので、俺は

「そんなに荒くやったら、もしかしたらまだ痛いかもしれないないから、もう少し優しく

やってもらえますか?」

そうお願いした。

「はい」

と看護婦さんはその後とても丁寧にそれらをやってくれていた。

最後に化粧だ。

「おふくろの化粧をしてた時のイメージは良く知っているから口紅の色とかファンデーションの色とか

俺に選ばせて下さい」

そういうと俺は、看護婦さんが用意してくれた化粧箱からそれらを選び、後は看護婦さんが

綺麗に化粧をしてくれていた。

それらの準備が終わり、ベッドの上のおふくろに布団を被せ、主治医、看護婦、俺、弟で霊安室を

通り、霊柩車へとおふくろを乗せた。

そして、完全に放心状態だった俺は、先生や看護婦さんに頭を下げ、弟と霊柩車へ乗り込んだ。

主治医と看護婦さんがずっとお辞儀をして俺達を見送ってくれた。


悲しみにくれる暇もなくバタバタと慌しくなったのはこの時からだった。


つづく・・・