こんにちはMichiyo!です✨
セルフヒプノを学び感情解放を進めていくと、時々大きく扉が開く瞬間があります
ある日突然堰を切ったように感情が溢れて来るのです
数年前、私に起きた出来事を振り返ってみます
夕方、キッチンで夕飯を作っていた時の事です
「ごめんなさい!」
その言葉と共に感情が溢れ出し制御が聞かなくなりました
(その時は無意識に「出す事」を許しているので、のべつまくなしにそうなる訳ではありません。無意識って凄いのです)
それは「私を生かしてくれた」全ての人への謝罪でした
赤ちゃんは放っておいては生きていけません
親だって未熟な人間の一人に過ぎなかったはず
完璧な環境ではなかったかもしれない
けれど…
今ここに生きていると言う紛れもない事実が、生まれて初めて圧倒的な感覚として感じられたのです
生まれたばかりで何一つ自分では出来ない私に、水や食料を与え、洋服を着せ、雨風を凌ぐ家に住まわせ、寝床を与え、言葉を教え、文字を教えてくれた人がいたと言う事
それは誰?
親であり、先生であり、社会インフラを整えてくれる人々であり、食料生産や流通に関わる人達であり…
「ごめんなさい、ごめんなさい…」どんどん溢れて来ます
何百何千の命を繋いでくれた先祖達、それを支えてくれた人々…あらゆる生命
一つ一つあげる間もないほど、それはそれは凄い勢いで溢れ出します。ダムが決壊したかのよう
傲慢で自己中心的だった自分の愚かさに気がつき「ごめんなさい、ごめんなさい…」
キッチンの隅にしゃがみこみずっと泣きながら謝り続けました
どのくらい泣いていたでしょう
空っぽにになった心に、ポツンと小さな自分が立っています
私は彼女にも謝りました
ごめんね、今まで気づかなくてごめんなさい…
どれだけ小さな彼女に背負わせていたのでしょう
すると、一つの言葉が文字となって浮かびあがりました
感謝
ああそうか、これか感謝なんだ…
ごめんなさい
ありがとう
正に、感じて謝った体験でした
そこからは生きる事が感謝と一体になっているような気がします
☆しばらく音沙汰なかったのに急にどうした?と思われるかもだけど、急に書きたくなったのだからしょうがありません。
涼しくなったから?なんて、所詮理由は後付け
ここがあって良かった😆
