生活というと、私は家庭科で習ったような家庭生活および社会生活であるとか、社会科で習う憲法のことなどを思い浮かべる。
日本国において国民生活を送るうえで、それら習った事柄は基幹となるように思う。
また、教科書で触れないだろうけれど宗教観も生活の一部として大切なものだ。
倫理や法律といったものの理解も大切だろうけれど、憲法前文への理解があればそれでおおよそ十分ではないかとも思う。
私にとって、生活とはそのようなものだ。
では、ボイストゥスカルを運用せしめるあるひとつの集団にとってはどのような生活観が描かれているだろうか。
私の場合は、彼らにはファシズムに見るような残酷さと迫害を感じるものだし、時代劇で見るような無残も感じるのであるけれど、私がそう感じているだけだろうか、実態は知れない。
彼らもおそらく日本人であるはずで、同じ国民生活を送っているはずなのだが、どうにも分かり合える気がしない。
困ったことに、彼らは権力を握っているから、横暴がまかり通るというのであろうか、彼らにとって日本国憲法とはなんなのか、所詮は敗戦によって押し付けられた価値観だとでも思って軽視しているのだろうか、建前だとでも言うのだろうか、いい加減にしてほしい。
私は、彼らに正義を感じない。
誰か明らかにしてくれないものだろうか、彼らの思想を。
とまあ、このような思いを抱きながら、ボイストゥスカルの存在はいったん脇に置いておいて、幻聴は幻聴として日常生活を送る私なのであった。