昨年夏 顔に湿疹(ていうか爛れ)? が出来て(酷い時はほぼ全顔)

痒いし

洗顔さえも痛く 化粧水も滲みるえーん

 

ネットで調べて 肌に優しいという化粧水や美容クリームを片っ端から試した

でも 悪くなる一方で…

一度 皮膚科(女医)にかかったけれど ろくに診もせず

ありきたりな『ステロイド』処方され

塗ったけど 結局 

 

『治らない』

 

私 皮膚科の女医大嫌いなんですよね~

前に明らかに薬疹なのを 絶対に認めない女医に会ってしまってから

トラウマっていうかね

 

化粧もやめて 肌にいいサプリ飲んで 自分なりに頑張っても

やっぱり

 

『治らない』

 

もう一年以上 苦しんでた

我慢も限界になり

藁にもすがる思いで 腕がいいと噂の皮膚科へ

診察開始の30分前に到着したんだけど

 

びっくりすごい行列!!

病院にこんなに行列できるのって初めてみた

 

腕がいいと噂の エンケン似の男性の医師に診て貰ったんだけど

 

①私の話をしっかり聞いてくれる

②肌の状態もよく観察

③経験値なのか 判断が的確

④軟膏の塗り方まで丁寧に教えてくれる

⑤次の診察日を指定してくれる

⑥とにかく丁寧

 

実は私 病院に勤めているんだけど 

こんなに親切で信用できる医者に会ったことない

 

そして

 

そのキラキラキラキラから処方された軟膏を キラキラキラキラの指示通りに塗り

飲み薬をキラキラキラキラの指示通りに飲んだら

 

投薬3日目くらいから 効果が出始めて

今日で2週間

 

『ほぼ治った!!

 

もう 痒くない 洗顔も痛くない まぶたの腫れもひいて

顔をさわると モチモチ

最近一番のスター感動スター

 

皮膚科のキラキラキラキラ

ありがとう笑い泣き

 

ひとつ前の更新から 4年と数か月過ぎてしまいました。

今日は2024年10月15日。

 

かなり前のブログで父親の介護について 色々書いていましたが

その父が 2024年10月7日に永眠しました 享年92歳。

 

 

クローバー父の人生を変えてしまった病気になってからの軌跡クローバー

 

2008年 10月 76歳 脳出血で倒れ 右半身麻痺となる

 

2009年 4月  病院での治療・リハを終え退院 在宅介護 (12月に母が他界)

 

2014年 4月 有料老人ホームへ入所

 

2016年 5月 特別養護老人ホームへ入所

 

2024年 9月13日 体調悪化にて病院へ入院

 

2024年 10月7日 92歳 永眠

 

 脳出血で身体が不自由になってから16年

 

この16年のうちの在宅介護の一部を ブログ内に書き綴ってありますが

思えば あの頃の父は 右半身が不自由であっても 杖をついて家の中を歩けたし

お散歩や 病院への送迎中の ちょっとした車での移動も 気晴らしになっていたと思う

色々あって 在宅介護は5年ほどで終わってしまったけれど・・・

 

有料老人ホームを経て 特別養護老人ホームに移ってからは

家族が関わるのは 体調悪化の入院時の手続きや 面会の時くらいで

お洗濯も 通院も 買い物に至っても 全てを施設が家族に代わって していただいた

家族にとっては 有難すぎた

けれど

父は幸せだったのだろうか

 

76歳で脳出血で倒れるまで住んでいた実家には

母が亡くなった2009年12月に 1年ぶりくらいに 一度だけ帰ったけれど

実家は バリアフリーではないので 実家に滞在中 車椅子の父はかなり大変であった

実家を出るとき 「もう二度と帰らない」

と呟いていた

でも

きっと本音は 帰りたかっただろうな

お盆や 年末年始・・・

古くても 自分で建てた家だものね

 

2020年~2022年ころの いわゆるコロナ渦では

直接面会は出来ず ガラス越しの ピッチを持ちながら話すという

もどかしい面会を 月に一度くらいしかできなかった

 

2023年 コロナが5類になってから

父の暮らす 特別養護老人ホームも 直接面会が再開され

人数制限と時間(30分)の制限はあるものの

父と約2年半ぶりくらいに 直接話すことができた

それからは 月に一回 姉と面会に訪れ

父の調子が良い時には 外へ散歩に出たり

姉の娘(父にとっては孫)とテレビ電話で顔を見ながら会話したり

楽しそうな表情も見ることができた

 

2024年 今年になり

持病の心臓疾患が原因で たびたび隣の総合病院に入院した

若ければ 手術という選択もあったが

高齢であるため 断念

入院するたび 薬と酸素で 少しでも苦痛を和らげる治療をしていただいた

 

4月ころからだろうか

特養での生活で ベッドで寝ていることが多くなり

面会でも 会話はあまり できなくなっていった

 

9月13日 呼吸が苦しくなり入院

9月28日 病院より10月11日に退院が決まったと連絡がくる

退院ができるほど 回復したのだと とても安心したのを覚えてる

 

10月5日 血圧が下がっている『危篤』と連絡あり 病院へ駆けつける

10月6日 少し安定する

10月7日 早朝『危篤』と連絡あり 病院へ駆けつけるが 数分前に息を引き取る

 

10月10日 通夜

10月11日 葬儀

 

奇しくも 退院予定日に 葬儀になるなんて 

人の命は 本当に予期できないものです

 

お葬式が終わって

次の日に 父が暮らした 特別養護老人ホームから荷物を引き取り

帰って中身を整理していると

コロナで直接会えなかった頃に

施設の方が撮ってくださった写真が数枚あり

どの写真も楽しそうだったのが

せめてもの 救いでした

 

天国で母と兄と幸せにね

 

               合掌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨年

2019年5月26日のNEWSのLIVE『WORLDISTA』のオーラスが地元で行われた。

快晴のMウェーブ たくさんのNEWSファンが地元に溢れていて 嬉しかった事。

パフォーマンスはもちろん素晴らしく 4人の美しさに息をのんだな。

最後に可愛い振り付けとNEWSと一緒に歌った『LOVE STORY』は

特に忘れられない。

しかも奇跡のアリーナ席で 手越君の目線を頂いて 動けないほど感動した

あれが 今思えば 私にとっては最後のNEWS4人でのLIVEとなってしまった。

 

2017年『NEVERLAND』

2018年『EPCOTIA』

2019年『WORLDISTA』

2020年『STORY』

 

4部作の最終章となるはずだったSTORY。

早くから ファン参加型の音声やイラスト等が集められて 開催が実現すれば

感動作間違いなかった。

 

アリーナ公演7か所に加えて3大ドーム京セラ・東京・名古屋 合計27公演はNEWS史上最大規模。

2月だったかな LIVEの当落が発表になり

自分は横浜アリーナ・大阪城ホール・東京ドーム2公演・名古屋ドームオーラス

と参戦する予定だった。

 

そんな矢先に新型コロナウイルスが流行り

まさかの

全公演が中止となった。

振替公演も計画できないまま 手越くん退所の翌々日

完全なる中止となった。

 

本当なら 明日6月28日は名古屋ドームオーラス参戦予定だった。

 

私は 4人のNEWSの箱推しだけど

強いてあげるならば 手越くん推しだった

周りが ″まっすー推しだらけ″だったというのもあるけど

『○○ちゃんは手越くん推しだよね』と言われた時があって 

それから手越くん推しと言うようになった。

でもね 最初はまっすー推しだったんだ。

FC入る時 推しを決めないといけないんだけど

私は「増田貴久」を選んだ

実は 手越くん推しを名乗り始めてからも 

FCの推しの登録を変えられなかったんだよね・・・何となく

何となく こうなる事 ちょっと予想してたのかも。

 

そう

LIVEに参戦するたびに 「手越くんは急にいなくなっちゃうかもしれない」と思っていた。

なんだろうな 毎回 彼は凄く燃え尽きてる感じがあったからかな

 

そして

本当に 急にいなくなってしまった。

 

会見で5~6年前から 退所は視野に入っていたと言っていた

だから やっぱり 私の勘は当たっていたのだな(5年前からのファン)。

 

コロナが流行ってなくて STORYが全公演開催出来たとしても

彼は完走して辞めるつもりだった

遅かれ早かれ

『退所』は避けられなかった。

 

それにしても いい大人として あの外出はダメだったね。

あの不注意な行動が 今の結果の全て

これぐらい大丈夫と思っていたんだよね~彼は。

事務所が許さないのは 当たり前だと思う。

私も医療従事者の1人なので。

 

私はね 4人の歌声が重なるバランスが好きだったし

個性の全く違う4人が 広いステージの真ん中にちまっと肩寄せあう所とか

絶妙なトークとか 大好きだったな。

 

手越くんの言うように 『明日死んでも後悔しないように生きる』のは

私の信条でもある それこそ 手越くんのお母さん位の年齢だから

本当 いつ死んじゃうか解らない(笑)

 

今は傷ついて ボロボロで まだ毎日泣いたりしてるけど

少しづつ ゆっくりと きっと立ち直るから

だから 明日死んでも後悔しないように

NEWSを続けてくれる3人のこれからを応援したいんだ。