おはようございます。
保育園園長のハルです![]()
今日もお読み下さりありがとうございます。
さて先日親族が亡くなり
葬儀を済ませてきたのですが、
甥と姪7歳と4歳を連れていくべきか?
ということをふと考えました。

子どもたちにも良くしてくれた伯父なので、
その身近な人が亡くなるという経験をすることは
人生を少しずつ学ぶ点で必要だとは思います。
私も4歳で祖父が亡くなった時は、火葬まで参列したそうですが、全く記憶に残っていません。
記憶に残っていないということは、
怖い思いや不安感を抱かなかったということで、
良かったなと今更ながら思います。
何が言いたいかと言いますと、
子どものメンタルを考えると、
お通夜は良いとして、
告別式の中の火葬という、
さっきまで綺麗にお花まで飾られた生身の親族が
熱い熱い火で焼かれてしまうということが、
いくら必要だと大人に諭されても
子どもの心には追い付かないこともあると思うのです。
日頃から
火は危ないものだと家でも園でも言われ、
実際にやけどの体験をしている子もいるでしょう。
それが、優しかった親族が炉に入れられ、
お骨になって戻ってくるという、
子どもにとって目を疑う光景は、
うまく消化しきれず心に辛さを残してしまうかも知れないと思うのです。

そのような姿を想像し、
子どもたちの告別式の参加を(火葬を)見送りたいと喪主に伝えると
「あんたたちも子どもの頃来てたけどねぇ」
と嫌な顔をされましたが、
昭和よりもずっと前から続く、
右に倣えの考え方は、
「昔からこうだから従え」という圧力に他ならず
昔からの風習であっても都度見直して
今改めて考えるとこうだよね、と
ちゃんと考えることを忘れてはならないと思います。
葬儀が終わり改めて妹からは
「感受性が強い子だから、火葬の場に連れて行かなくて正解だったわ。もしかしたら
『ママとパパも焼かれちゃうの?』なんて不安がって夜泣きするかも知れないし、
最期にお花で飾られた綺麗なおじちゃんの記憶を残せて良かった」
と言っていました。
子どもの特性によっては私のように![]()
火葬場で意味も分からずはしゃぎまくっていた子どもならまだしも、
幼児のうちの参加は先延ばししても良いかなと
思う一件でした。
そんなことを先日友人と話していたところ、
彼女のお子さんは中3の修学旅行で広島の原爆資料館に出掛けたところ、
帰宅してからも泣いて泣いて、戦争の悲惨さを報告したそうです。
年齢に関わらず、人の痛みを深く感じ取れる人は多くいて、
それを十把一絡げに、『右に習え』はもう時代錯誤ですよね。
姑だろうが鬼上司だろうが、
「私はこう感じています」
「皆、考えが違って当然ですよね」
とよく考えて、
そして相手も尊重して争わず、
共に歩みたいと思いました。
本日もお読みくださりありがとうございました![]()
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