ぼくはコイキング。
水の中で泳ぐのが好き。
今日もお池でたくさん泳ぐぞ。
ぼくが泳いでいると、そこにバスラオがやってきた。
バスラオ「今から俺達が泳ぐんだ。お前はどきな」
コイキング「ぼくも泳ぎたいよ」
バスラオ「お前は泳ぎじゃなくてピチピチ跳ねてるのがお似合いだってw」
コイキング「なにを〜」
ぼくは怒って向かっていった。
数分ほどして…気づくとぼくは池の淵で気絶していた。
どうやらコテンパンに負けてひん死状態になってしまったようだ。
バスラオたちは自慢のスピードとパワーで泳ぐ競争をしていた。
バスラオたちはぼくを見て言った。
「やーいやーい、弱いんだから歯向かってるんじゃねぇよ」
「お前は跳ねるしか能が無い世界最弱コイキングだろ」
とても悔しかった。
今すぐ起き上がって言い返したかった。
なのに身体が言うことを聞かない。
ぼくを涙が出そうになるのを必死にこらえた。
普段は静かな池でバスラオたちの大きな笑い声が響き渡る時間を続いた。
どれくらい経ったのだろう。
気づくとバスラオたちはもうそこにおらず、ぼくは横たわっていた。
ぼくはまた気を失ってしまっていたようだ。
「帰らなきゃ、でも…」
今の状態で池を泳ぎ切る自信はなかった。
でも、ここにいてもいずれ干からびてしまう。
ぼくはどうしたら良いかわからずにいた。
とても怖かった。
「こうするしかないよな」
ぼくは残っている力を振り絞って、精一杯高く強く跳ねた。
静かな池で、「ピチッ、ピチッ」とぼくの跳ねる音が木霊する。
誰か気付いて。誰か助けて。その思いだけだった。
“お前は跳ねるしか能が無い世界最弱”
バスラオたちの言葉が蘇る。
それでも今ぼくにできるのはこれしかなかった。
生き続けるためにできる行動はこれしかなかった。
ぼくは誰かが気付いてくれるのを願って跳ね続けた。
「あの〜」
しばらくして、一匹のヒンバスがやってきた。
「大丈夫ですか?ひどいケガ。とりあえず池の中に」
ヒンバスはぼくを支えて池に入れてくれた。
少しずつ力が戻って来る。
「これ少しですけどどうぞ」
ヒンバスは木の実をくれた。
ぼくは木の実をムシャムシャ食べた。
「ありがとう。助かったよ」
「元気になって良かったです。では私はこれで」
そう言ってヒンバスは去って行った。
別の日、ぼくが久しぶりに池に行くと、池にはバスラオたちがいた。
ぼくは諦めて帰ろうとした時、声が聞こえた。
「やめてください。」
あの時のヒンバスの声だ。
どうやらヒンバスが集めた木の実をバスラオたちに取られそうになっていた。
「やーいブス、お前のような醜いブスは木の実だけ置いてどっか行け」
ヒンバスは泣いていた。
ぼくは池に入り、ありったけの力でたいあたりした。
不意を付かれバスラオが怯んでいるうちにぼくはヒンバスと逃げようとした。
でも…素早いバスラオたちに一瞬で囲まれてしまった。
「こないだのコイキングじゃねぇか。まだ生きてたのかw」
「最弱なお前と醜いそいつとはお似合いだなw」
普段は静かな池にまたバスラオたちの大きな笑い声が響き渡る。
ぼくが言い返そうとした時、隣にいたヒンバスがスッとぼくを制止した。
「なんだ。今日は向かってこないのか。弱弱で臆病とか最悪だな」
そう吐き捨てるとバスラオたちは去って行った。
「どうして止めたんだよ」
ぼくは悔しさのあまりヒンバスに当たった。
「まず、助けてくれてありがとう。私なんかを助けてくれて」
「こないだぼくも助けてもらったから」
ぼくは素っ気なくそう言った。
ヒンバスが話し始める。
「私ね、この見た目でしょ。いつもからかわれるの。」
「どっかいけとかこっちにくるなとかも言われる」
「視界から消えろって言われたときは流石にきつかったなぁ」
ぼくは聞いていられず、話を遮るように言った。
「どうして言い返さないの?どうして戦わないの?」
「言ったら何か変わる?」
ヒンバスは冷静に答える。
「変わらないかもしれないけど、戦わないのは弱虫だよ。ヒンバスは弱虫だ。」
ぼくはそう言い放った。
ヒンバスは少し間をおいて言う。
「でもね、私夢があるの。」
「私ね、トップモデルになりたいの。」
ぼくが目を丸くして固まっていると、ヒンバスは優しく微笑みながら続けた。
「笑っちゃうよね。こんな見た目で、こんなに自信もなくて。自分でも無理だってわかってるの。でもね、綺麗になって自分に自信が持てるようになりたいの」
「難しいんじゃないかな?気持ちは変えられるけど、容姿や生まれ持った物は変わらないと思うよ」
ヒンバスはまた少し間をおいて言う。
「コイキングさんは何になりたいの?」
「ぼくは強くなりたい。強くなって、ぼくをバカにするバスラオたちを見返したい。てか、ぼくは本当は強いんだよ。ただまだ本気出せてないだけで…」
そう言いかけて、ぼくは我に返り
「どうせ君も無理だと思ってるんだろ。ぼくは弱弱しく跳ねるだけのコイキングだと思ってるんだろ」
と投槍に言った。
ヒンバスは少し悲しそうな顔をして
「私は思わないよ。コイキングさんは強くなれるよ」
そう言って、再度助けたお礼を言いヒンバスは帰っていった。
絶対強くなってやる。ヒンバスみたいに無理だなんてぼくは思わないぞ。ぼくはなるんだ。強く。そしてバスラオたちを見返してやる。
そう誓ってぼくはその日眠りについた。
次の日からぼくはトレーニングをはじめた。
速く泳ぐためのトレーニング、強い力でたいあたりするトレーニングなどを繰り返し練習した。
一ヶ月ほど経って…
ぼくはバスラオに宣戦布告した。
「明日50メートル自由形とたいあたり相撲対決をしよう。ぼくが勝ったらぼくがこの池で自由に泳ぐことを認めること。君が勝ったら好きにして良い」という内容で。
ヒンバスにもそのことを伝えた。
ヒンバスは泣きそうになりながら言う。
「お願いだからやめて。こんなのおかしいよ」
「やっぱり君も無理だと思っていたんだね。君が自分の夢を無理だと思うのは自由だけれど、ぼくの夢まで否定しないで欲しいな。」
そう吐き捨てるとぼくはその場を去った。
バスラオもヒンバスもみんな見返してやる。
明日ぼくが強いことを証明してあっと言わせてやるんだ。
ぼくはそう誓って眠りについた。
決戦当日…
「おー弱虫ちゃん。俺様に挑戦状とは随分と舐めたマネをしてくれたな。恥をかかせた分容赦はしない。覚悟しな。俺が勝ったら金輪際池には入れなくしてやるからな」
もうすぐ戦いがはじまる。
ぼくが強張った顔をしていると、ヒンバスがやってきて言う。
「今からでも遅くない。謝って戦いを中止しよう」
「そんなことを言いに来たの?がんばれの一言くらいないのかよ」
ぼくはそう吐き捨て、ヒンバスから離れた。
試合開始
まずは50メートル自由形。
ぼくの記録は13秒。
バスラオは3秒
完敗だった…
続いてたいあたり相撲対決。
開始した瞬間、ぼくは池の端まで吹き飛ばされて負けた。
「あ〜歯ごたえなさすぎ。無駄な時間を過ごしちまった」
そう吐き捨てるとバスラオは笑いながら去って行った。
ぼくは泣いた。
「もう何もかも嫌だ」
「やっぱりぼくは跳ねるだけしか能がない世界最弱コイキングなんだ」
「いっそのこと消えてしまったら楽なのかな」
ぼくがそんなことをボヤいていると、ヒンバスがやってきて静かに隣に座った。
「がんばったね。かっこよかったよ」
ぼくは怒りを抑えきれずにヒンバスに言った。
「バカにしてるんだろ。大見得を切って向かっていって無様にやられて落ち込んで、それを見てやっぱりねってそう思ってるんだろ。だいたい最初から君も無理だと思ってたんだろ。バカにするなよ。君だってあのバスラオと同じで、どうせぼくを弱虫のコイキングだと思ってるんだろ」
ヒンバスは少し間をおいて
「コイキングくん、強いって何なのかな?」
そう一言だけ言って去って行った。
翌日
ぼくは昨日のことを思い返しながら引っ越しの荷物をまとめ、家を出た。
少し遠くから大好きだった池を眺め、お別れをした。
いつも綺麗な池が今日はなんだかとても濁って見えた。
ぼくが池に別れ告げ、道を歩いていると後ろからとても慌てた様子でヒンバスが来た。
「コイキングくん、助けて。池でバスラオさんたちが溺れて危ないの。」
「バスラオたちが溺れる?そんなことあるわけないじゃん。もしそれが本当だとしてもぼくに助ける義理なんてないよ」
「本当に溺れていて危ないの。私一人じゃ全員助けるのは無理。だから力を貸して欲しいの。じゃあ私は急ぐから」
そう言い放ってヒンバスは池の方に戻る。
あいつはバカなのか。自分をいじめていた人を助けようだなんて。もし本当に危ないにしてもいい気味だ。ぼくの知ったこっちゃない。
そう思いながらぼくはまた歩き始めて2、3歩して足を止めた。
昨日ヒンバスが言っていた言葉
「強いって何なのかな?」が脳裏をよぎった。
そしてぼくは自然と池に向かって走り出していた。
池に着くと、普段のきれいな水色が見る影もなく、ヘドロ色に汚染されていた。
ぼくが別れ際みた池の濁りは見間違いではなかったんだ。
どうして?
ぼくが慌てていると、池の中でヒンバスがヘドロに塗れながらもバスラオを助けている。
バスラオはヘドロにやられてひん死状態だ。
ぼくはすぐさま池に飛び込み、バスラオたちの救助に当たった。
同時にヒンバスから
「やっぱり来てくれた。本当にありがとう。」
ぼくとヒンバスは計8匹のバスラオたちを池から救出した。
池の外でバスラオたちのヘドロをきれいな水で洗い流すとバスラオたちは少しずつ回復してくる。
バスラオたちを洗いながら、ヒンバスが言った。
「どうして戻って来てくれたの?もっと言えば、どうして助けてくれたの?」
ぼくは少し間をおいて
「わからないんだ。信じてもいなかったし…。でも、昨日君が言った言葉がずっと引っ掛かってて…それで気が付いたら…」
ヒンバスはしばらく何も言わなかった。
そして、バスラオたちに水をかけ終えたところで言った。
「コイキングさんはやっぱり強いね」
その瞬間、ぼくの目から自然と涙が溢れ出た。
しばらくして、バスラオたちが元気を取り戻した。
ぼくは、「約束破って池に入ってしまったね。ごめん」と言った。
バスラオたちは
「助けてくれてありがとう。そして今までごめん。良ければこれからも池に来て、これからは仲良くしたい」
そう言ってくれた。
再びぼくの目から涙が溢れ出る。
そんなやり取りを見て、ヘドロ塗れのヒンバスはニコッと笑っていた。
ぼくは言った。
「君はとても美しいよ」
おしまい