僕がクラフトワークを知ったのは、
YMOがきっかけだった。
1981年、クラフトワークが初来日。
坂本龍一さんは後年、
YMOの3人でクラフトワークのライブを観に行き、
その後、一緒に六本木のディスコへ行ったと語っている。
ステージでは無機質なロボットのように見える彼らが、
当時の日本のディスコで踊っていた。
この話を本で読んだ。
そして初めて、
「クラフトワーク」という名前を知った。
当時16歳。
シンセサイザー音楽の元祖を知りたい。
そんな年頃だった。
さっそくクラフトワークのCDを買った。
その日から、
デヴィッド・ボウイ、YMO、TM NETWORKだった僕の部屋に、
クラフトワークが加わった。
最初に聴いたのは
「放射能」と
「エレクトリック・カフェ」。
でも正直、
「放射能」だけだったら、
僕はクラフトワークをここまで好きにならなかったかもしれない(笑)
究極すぎて。
一方、
「エレクトリック・カフェ」は
クラフトワークにしては、かなりポップだった。
少しシュールで、
無機質で、
それなのに妙に耳に残る。
このアルバムが僕の
クラフトワークへの入口になった。
そして僕は、
テクノという大海原へ出ていく。
YMOで電子音楽に興味を持ち、
TM NETWORKでシンセサイザーに夢中になり、
そこからクラフトワークへ遡る。
今の僕の電子音へのこだわりには、
間違いなくクラフトワークの影響もある。
クラフトワークのオリジナル・アルバムの中で、
今でも僕は「エレクトリック・カフェ」が好きだ。
入口って、大事なんだよな。
どの作品からその音楽に出会ったかで、
その後の景色が変わることがある。
僕にとってクラフトワークへの入口は、
このアルバムだった。
さぁ、今日もスピーカーに耳を預けよう🔈
HLN
#Kraf
