こんなことしたらイケナイ!

こんなことしたらもう生きていけない…


そーいう捉え方をしてる部分がありました。


例えば殺人なんかもそうですね。

人殺しなんてしちゃったらもう生きてけない…

そんな風に捉えてました。


そんなことないですね。

別に殺人をしても生きていけます。


殺人をしたからといって、

殺生をしたからといって、

生きていけないってことはないんですねぇ。


〝悪いこと認定〟していることを自分がしてしまった時、

それを認めたくなくて誰かや何かのせいにする場合と、

それを認めてしまって自分自身を殺したくなる場合と、

そんな風に道が分かれてるようにおもえてました。


なんてことはない、

〝善悪〟という概念それ自体が要らなかっただけなんですねぇ。


善悪、損得、有利不利…

別に有ってもいいのだけれど、

高次元の意識(高次元のわたし)的には全くどーでもいい概念。


善悪なんてマヂどーでもいい概念。

眼中に入らない概念。


高次元の意識(無意識)と4次元領域の意識(顕在意識)を乖離させているのはこの〝善悪〟などの概念なんですねぇ。



4次元領域の意識で適用してる〝善悪・損得〟は全体意識(高位次元意識)との同調を妨げます。波動数、振動数を著しく落とす概念だから。


意識進化、意識成長を目指すなら、善悪・損得という捉え方から脱する必要がありました。


んで、

わたしはそれを試みてみて、脱することができました。


脱してしまうと、

脱してるのが当たり前になります。

その方が気分がいいからです。


わたしの中で脱せてない部分をみつけると、脱する捉え方へと誘導し、脱しきるまでそれを続けます。


これは大きなくくりでも同じはたらきがなされています。


全体意識からすれば個のわたしは脱せてない部分でしたので、脱する捉え方へと誘導するリアルをバンバン注いでいました。


善悪損得という縛りはなかなか固く縛られてたので、注がれるリアルもこれまたキッツイものばかりでしたのでしんどかったですねぇ… 




〝悪いこと〟も〝良いこと〟もない世界。


〝当たり前〟のことしかない世界。


善悪や損得という概念をブースターのように使って意識を進化成長した期間(時代)がありました。


そのブースターを使い、大気圏的意識圏を突破しました。


ブースターの役目は終わりました。

すでに終わっています。

そのことに気がついた者たちから、ブースターを取り外しています。


ブースターは燃費消費が激しいんです。

いつまでもつけてるようなモノじゃなきんですねぇ。



善悪・損得という概念が〝悪い〟わけではありません。


その役目が済んだのだということなんですね。


善悪損得などという概念を使わなくても進化成長できる領域に〝全体意識〟がすでに辿りついているとゆーことなんですね。


善だの悪だのと旗を掲げて己を奮い立たせないと進めないゾーンはもう通過できたということなんですね。


善悪のない世界。

損得勘定のない世界。

すでに〝全体意識〟の創造領域では出来あがっています。


すでに全体意識の創造領域で出来あがっているその世界観を認容許容すること。

己の世界観にソレを取り込むこと。


そーすることによって、

己の世界観の中にもすでにソレがあったことに気がつきます。


なーんだ、すでに在ったのかっ!

なーんだっ!

と、腑に落とせたら

ソレが身体全体に染み渡ることができます。

〝4次元領域のわたし〟にソレを降ろすことができます。



そーゆー仕組みなんですね。

順番をあべこべにするとスムーズなんですねぇ。


何もかもは既に在るのですね。

そのことに気がつけるかどーかなだけで。



何もかもは既に在り、そのことに気付ければ、ソレを降ろすことができます。

〝降臨〟〝天下り〟という作業。


創造領域で出来あがっているものを、

この世(4次元領域・物質界・現象界)に降ろし具現化、体現すること。


悪魔を降臨させるのも、神仏を降臨させるのも同じ作業ですねぇ。


わたし達は日常的に降臨・天下り作業をしていますし、日常的に神事仏事・悪魔下ろしをやってるんですねぇ。


無自覚でソレをやってるって、

おっそろしーことなんですねぇ。


もう絶対記憶喪失は嫌だ。


自分が何者で、ココがドコで、何しにココにきてるのか、

こんな大事なことを忘れて生きるってすげーおっかないことなんですねぇ。


必要なことだったとはいえ、

よくやってたなーわたし。


生きてる実感が薄かったのも、生きてる意味がわからないのも、記憶喪失なんだから当然だったんですねぇ。


ちゃんと思いだせてよかったなー。

常に不安だった生活から、安心できてるのが基本な生活になれて嬉しい。