なんだろー?
木星がすごく近くに感じる。
土星も。
土星は縁が強い惑星なせいか、なにかとピントがあうのだけれど、
これまで木星って殆どピントがあわない惑星だったのよねぇ。
興味が湧かないでいたとゆーか。
なのに、
今朝起きたら、存在感有り有り。
びっくりだわ。
どーやら、
内惑星領域を越えて外惑星領域に入ったよーな?そんなイメージが湧いてる。
太陽、水星、金星、地球、火星。
ピントのあいやすかった内惑星達。
なかなか捉えられなかった外惑星達。
内惑星はすぐそばにいる。
生まれた時からすぐそばにいる。
外惑星との間には距離がある。
わたしがその距離を縮める覚悟を決めきるまではなかなか近づけない。
たぶん、
外惑星は〝珠であるわたし〟の裏面に入らないと近づけないのかなあと。
逆に、
裏面に入ってしまえばその距離が超近くなるとゆーか。
近いよ近い…。
木星も土星も超デッカいんだよねぇ。
内惑星とは比べ物にならないほどの質量。存在感。圧がすごい。
しかし嫌な感じの圧じゃなく、
気が楽になる雰囲気。
心強いとおもえてしまう雰囲気。
だけどもやっぱり圧は圧。
近いよ近い…。ぐいぐいきてる…。
この外惑星領域に入ってみて、
これまでなかなかピントがあわないでいた〝観察者、目撃者〟という概念、在り方を実感しだしました。
なるほど。
アレはこのことを表してたのか、と。
また、
〝反映〟が〝繁栄〟であったことをおもいだしたとゆーか。言葉の表裏。
わたしは、
〝あの世・この世・わたし〟を暴ききりにきています。
なのに、
まだわかりきってないのにわかったフリをしていました。
知ったかぶりをしていました。
そんな在り方のわたしに気がつけていなかった……ショックでした![]()
潜在意識に委ねきったというのはどういうことなのか?
いまわたしはそれを観察している。
いまわたしはそれを目撃している。
これまでの体験がまるで全てであったかのように知ったかぶりをする記憶や感情がボコボコ現れる。現れてていい。
そのうえで、
それが全てではなかったんだっ!
それは一部でしかなかったんだっ!
ということをいま体験実感しているところなのだから。
自我が強い、
自我が極まっている、
とは、
知ったかぶりをしてしまう、
思い込んでしまう、
といった在り方、状態。
まだ片面(表面)しか知らんのに、
何もかもを知りきったかのように〝そんなのダメだダメだ。危ない!危険!〟だなんて。
裏面からみたらただの痴れ者・無知者にしかみえない。
自分の愚かさがウケる。
ひどすぎて草が生えるwww
みえないものを無視するのは、
自分の半分(いや95%だね)を無視してるとゆーこと。
世界の95%を無視してるとゆーこと。
なので、
知らなくて当たり前。
わからなくて当たり前。
だから観察する。
だから目撃する。
赤子がまっすぐに世界をみるように、
わたしも新しい領域をまっすぐにみる。
これは至極当たり前のことなんだ。
ココはどこだ?
わたしは誰だ?
いままで居た場と何も変わらないようにみえるのだけど、
いままで居た場とは全く異なるところに居ることを知覚・自覚できている。
これが〝パラレルワールド〟って言葉が表していたものか。
これは実際に体験してみないとピントがあわない概念だよなぁ。
実際この4日ほど、
わたしはそれで混乱していたし。
まるで同じにみえるから混乱してしまう。まったく違う環境(場)なのだということを腑に落としきるのに4日かかったとゆーか。
この状況、
たしかに視覚優位者は混乱する。
目に見えるものを過信してしまう。
視覚を遮断して〝感覚〟で捉えるのならラクかもしれない。
でも、わたしは瞑想が嫌い。
だから4日かかった。
でもそれでいいの。
わたしは瞑想に興味もてないんだから。
ここは〝裏面のわたし〟を観察し体験している領域。
生まれてはじめて体験する場。
もしかしたら、
これまで何度も何度も繰り返した〝人間体験〟の中ではじめて体験することなのかもしれない。
赤ん坊と同じ在り方であって当たり前。
観る、目撃する。それが仕事。
この領域での〝反映〟が〝繁栄〟する。
いまわたしは、
知らないでいたものを体験している。
みえないでいたものを体験している。
ラーの目と第3の目とウアジャトの目。
どの目もわたしの大切な目。
わたしはこの全ての目を使いこなしきる。
そのためにココにきてる。