
富士山本宮浅間大社
富士山本宮浅間大社 静岡県富士宮市宮町1-1
富士山本宮浅間大社は、静岡県富士宮市にある神社。式内社(名神大社)、駿河国一宮。旧社格は官幣大社で、神社本庁の別表神社。社家は富士氏。浅間神社の総本社である。
浅間大社の由緒は、寛政年間(1789年-1801年)に大宮司の富士民済により記された社伝『富士本宮浅間社記』に記載されている。同記によると、垂仁天皇3年(279年)に富士山麓の山足の地にて祀られていたという。そして景行天皇の時代、日本武尊は駿河国で賊徒の計にかかり野火の難に遭った際に浅間大神に祈念して難を逃れたので、賊徒を平定した後に山宮(現 山宮浅間神社)に磐境を設け浅間大神を祀った。のち大同元年(806年)、平城天皇の命により坂上田村麻呂が現在の大宮の地に社殿を造営したと伝える。
=== Wikipedia ===
御朱印
境内案内
社号標
二之鳥居
表参道
狛犬
三之鳥居
流鏑馬像
鏡池・輪橋
鉾立石
手水舎
本宮社殿
慶長9年(1604年)徳川家康が奉賽のために造営したもので、本殿・拝殿・舞殿・楼門等壮観を極めたものでしたが、寛永安政等の大地震で破壊したものもあり、当時の建物で現存するのは本殿・幣殿・拝殿・楼門のみです。
楼門
楼門 扁額
🔸楼門🔸
楼門は、間口4間、奥行2間半、高さ6間半2階入母屋造で、正面・左右脇に扉が付きます。楼門の左右には随身が安置してあり背銘に慶長19年(1614年)の年号があります。楼門に掲げる扁額は聖護院入道盈仁親王の御筆で文政2年(1819年)に制作されたものです。
拝殿・幣殿・透塀
拝殿 扁額
🔸拝殿・幣殿・透塀🔸
幣殿・拝殿は本殿と同じく徳川家康公の寄造営によるもので、屋根は本殿と同様檜皮葺、外側・内側は丹塗となっておりますが、極彩色は蟇股・虹梁彫刻などにとどまります。幣殿は、本殿と拝殿をつなぐ「作合」と呼ばれた部分で、間口5間・奥行3間の両下造、北面には本殿の屋根の端が露出しています。元は石畳でしたが、現在は床に改められています。拝殿は、間口5間、奥行5間で、床が幣殿より2段高くなっています。正面が入母屋造、背面が切妻造で、正面に向拝が1間出ています。正面に扉があり、左右は蔀戸によって区切られています。正面左右には濡縁を巡らせてあります。
本殿
🔸本殿🔸
二重の楼閣造で棟高45尺、浅間造りと称し其の構造は他に例がありません。1階は5間4面葺卸の宝殿造り、2階は間口3間奥行22間の流れ造りで共に桧皮葺です。明治40年(1965年)5月27日古社寺保存法により特別保護建造物に指定され以後国宝又は重要文化財として特別の保護を受けてます。
境内図
三之宮淺間神社
水屋神社
湧玉池
🔸湧玉池🔸
東脇門を出ると平安朝の歌人平兼盛が「つかうべきかずにをとらん浅間なる御手洗川のそこにわく玉」と詠じた湧玉池があります。この池は富士山の雪解け水が何層にもなった溶岩の間を通り湧出するもので、特別天然記念物に指定されています。
神路橋
稲荷神社
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